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White Knight

Chapter5



 少し登っては休み、また登るを繰り返し、ようやくイリヤナの6型の姿が見える場所まで来た。怪我をしたアレスを、時にイリヤナが引っ張り上げての登山行である。
 下からアレスが見上げると、ワイシャツ一枚のイリヤナである、見てはいけない物がチラチラ見えそうになるため、余計に登り難い。
 急な崖はどうあっても登れず、諦めて迂回した。故に、朝早くから登り始めて既に数時間が経過していた。

「苦しいか? 昨日ちゃんと寝てないからだぞ」
「さすがにあのベッドで安眠は……隣にイリがいましたし。貴女は眠れたんですか?」
「どんなとこでもすぐに寝れる」

 アレスは息を切らしながら、うらやましそうにイリを見上げるのが精一杯だった。水をいれる道具も無いため、しばらく水分を摂っていない。

「もう少し休んだら、最後の一踏ん張りだぞ」
「はい……頑張ります」

 この青年を見ているとイリヤナは不思議な気持ちになる。昨夜、思わず心に抱えていた物を吐露してしまった。彼が、自分の大事な人と重なる部分があったからだろうか。それとも聖職者というものに、心を開かせるものがあるのか。

 その後いくつかの岩を這い登り、ついに6型までたどり着いた。

「コクピットに非常食と水があるから、取ってくる」
「服の替えもあるといいですね」
「ああそれは無い」

 自分で仕掛けたトラップを解体し、コクピットを開け中に入るイリヤナ。しばらくすると手に荷物を持って戻ってきた。
 「ほらっ」という掛け声と共にイリヤナが水筒を投げた。受け取ったアレスは水を口に含む。温くなっていたが久々の給水だ、ようやく人心地が付いた。

「あっちにお前の乗ってた機体もあるな」
「ええ、結局味方にも発見されなかったみたいです。結果として幸いでしたけど」
「そうだな。俺の6型はあのザマだから。近くの町にでも送ってってくれよ」
「私が?」
「この格好で歩いて帰れってのかよ?」
「デスヨネー……」

 出来ることなら、その格好だからこそ早めに別れたほうが、アレスにとって気が休まったのだが。ここで置いていくなど、さすがに男としてやることではない。

「では行きますか、付いて来てください」
「おう。……ん?」

 イリヤナが立ち止まる。

「揺れてないか?」
「揺れ……? ――!!」

 地面がかすかに揺れている。段々と強く。だがアレスは困惑するよりも、警戒感を鍛え、研ぎ澄ましている自分より、イリヤナが早くこのことを感知したことに下を巻いた。
 危険が迫っている。それをいち早く探知する能力に優れているということだ。こんな歳若い少女がどんな修羅場をくぐってきたのか、想像するだけでアレスの心は絞めつけられた。

「おい、あれ!」
「……!!」

 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ

 大地を割って現れる巨大な影。アレスにとっては意外な、イリヤナにとっては戦慄の対象は――


「おやぁぁぁぁぁ? これはこれは、変な所で会ったなぁー!?」

 邪 蠍 蟲 と ア ク ー ト !!!!!

「げげっ、ムカデ野郎!?」
「アクート少佐ですか」

 アレスがイリを庇うように前に立ち、アクートへ声をかける。

「私は国教会・白盾騎士団のアレス・ヘルストロームです!」
「ああ知ってるよぉ」
「貴方はアクート少佐ですね、少々お願いがあります」

 アレスが離れたところを指さす。


「私はこれから弥紗那で、こちらの方を町に送らなければなりません。貴方から基地へ、私の所在を知らせていただけませんか?」
「ほぅ……?」

 アクートからの即答は無い。アレスは気にしていないが、背後のイリヤナは服を引いて大丈夫か問う。

「おい、あれ大丈夫なんだろうな?」
「彼は私の友軍です。事情を話せば分かってくれるでしょう」
「どんなあ事情を話すんだ……まあいいや」

 ギシッ、という音と共に、邪蠍蟲の頭部が近づいてきて、二人を見下ろす。

「んっん〜〜〜困ったなあ。まさかまさか、国教騎士のおぼっちゃんが、“地球人と 内 通 し て い る ”場面に出くわしちまうなんてよぉ〜〜〜? いや女みたいだから密通かぁ〜?」
「はい?」
「ヘルストロームだっけ? これは“処刑もの”だぜ? なぁっ!?」

 邪蠍蟲の腕がゆっくりと上がり――

「アクート少佐、これはですね」
「死ぬぞ!!!!!」

 地を薙ぎ払う!

「どういうことですかこれ!?」
「俺が聞きてえよ!!」

 イリヤナに引っ張られて、辛うじて逃れたアレスはまだ状況が分かっていない。だが当事者ですら無いイリヤナにも状況は明白だ。
 ――こいつ、嫌われてるな。
 悪意の無い人間とは時に性質が悪いものである。邪蠍蟲の攻撃で6型は完全に粉砕、事態は最悪のものとなった。

「少佐! 何か勘違いしているようですが、これはですね!」
「ダメだ諦めろ!」
「アクート隊のアクート隊長殿! 貴方はこの事態を少々勘違いしておられるようですが、私に説明の機会を是非!」
「丁寧に言っても無駄だ!」

 二人は必死に走り、アレスの弥紗那のところへ向かう。だがそれをみすみす許すアクートではない。

「ヒヒヒッ! 裏切り者としてぶっ殺せばよ、点数になるしウゼェの消えて一石二鳥ぅぅぅぅ!!!!」
「くっ……なんて外道な!!」

 憤慨しても戦力差はどうにもならない。邪蠍蟲は火器の全てをアレス達へ向け、アクート悪意と共に火を――

 ズガァッ!!!!!

 突如横合いから邪蠍蟲を襲う攻撃。

「何だ、誰がやりやがった!?」
「フフフフハハハハハッ!」
「あれは!?」

 そこにいたのは見たことのない乱入者だった。ドイツ軍風のヘルメットを被った謎の修斗である。ここにいる全員が初めて見る機体だが、アレスには聞き覚えのある声だった。

「貴方は先日の侵入者!?」
「我が怨敵よ! 再戦の機会を伺っていたが奸計に落ちているようだな。命を救われた借りを返させてもらうぞ!!!!」

 その修斗は両手に苦無を持つと、颯爽と邪蠍蟲に戦いを挑む。

「敢えて名乗ろう、我こそはゲルマン忍者の末裔・シュぼおうっふう!?」
「ザコは死んでろ!」

 邪蠍蟲のレーザー一斉射が修斗を丸焼きにしてしまった。
 だがアレスたちにとって、その僅かな時間が身を結ぶこととなる。

「恨みは買ってても、同じだけ恩を売ってるみたいだな」
「侵入者殿……あなたの死は無駄にしません」

 イリヤナを座席の後部に乗せ弥紗那が立ち上がる。

「ちっ、面倒なことになったな」
「アクート隊長! そこにいましたか!」

 山陰から複数の羅甲が現れた。識別信号はアクート隊の隊員であることを表している。

「やっと来たかお前ら。ちょっとあの野郎を殺すの手伝えや」
「へっへっへ、了解!」
「やっちめえますぜ〜」

 敵の数は5機に増えてしまった。おまけに無補給の弥紗那はエネルギー残量に余裕がなく、武装も完全ではない。

(逃げきるだけならば、できないことはない)

 アレスはシールドを前に構え、突進して機先を制する。敵の先頭は邪蠍蟲。これには無理に当たらず、狙いは後続の羅甲!

「げひっ!?」

 急加速した弥紗那の体当たりで、羅甲一体が吹き飛ばされた。足場の悪さもあって斜面を転がり落ちていく。
 周りの羅甲は、距離があるためマシンガンやバズーカを手に持っており、即応できない。その間隙を突いて、もう一機シールドで横転させる。

「うおっとぉあ!?」
「何してやがる情けねえ!!」

 アレスが羅甲たちの只中に踊りこんだため、アクートも攻撃できない。邪蠍蟲の火力では味方ごと巻き込むため、かのアクートと云えどもここは撃てない。
 と本人以外は思っていた。

「邪魔になるぐれえなら死にな!」

 邪蠍蟲がミサイルを放ち、辺りを炎に包みこむ。逃げられなかった羅甲が一機、上半身だけになって斜面を転げ落ちた。だが弥紗那の姿は無い。

「どこに行った?」


 アレスはすでに、ジャンプして彼らの頭上にいた。そのまま山の上に降りると、基地のある方角へ走りだす。

「だから危ないって言ったろ?」
「貴女の感の鋭さには驚かされます……。しかし本当に撃ってくるとは」

「てめえら追いかけろ!!!!」

 アクートに叱咤された部下たちが即座に弥紗那を追う。いくら距離が出来たとは言え、羅甲たちには火砲がある。身を晒せばアレスが不利だった。しかし――

「アレス、この辺りだ!」
「はい!」

 ここはアレスとイリヤナが戦った場所。イリヤナが叩き落したビームライフルが森の中に落ちていた。
 拾い、振り向き、構える。銃口を向けられた羅甲のパイロットたちは怯んだが、攻撃は来なかった。

「撃たないのか!?」
「味方を撃ってはいけません」
「そういうのあいつらに言ってやれよ!」

 相変わらずの甘さで、イリヤナはさすがに痺れを切らし始めた。

「あいつらはお前を殺す気なんだぞ! そんな甘くしてりゃお前、いつか死ぬぞ!」
「生き方は変えられません、例え死ぬことになろうとも」

 羅甲のマシンガンが火を噴く。対してアレスも牽制にビームを放つ。だが真に殺す気で撃つのと、当てないように撃つのとでは、相手に与えるプレッシャーが違いすぎる。方々からの射撃に弥紗那が圧迫され始めた。

「くっ……!」
「それでいいのかよアレス!?」
「……」
「お前いい奴なのに、あんな奴等に殺されて満足かよ!?」

 山を登ってきた邪蠍蟲がその異型を現す。
 アレスの消極姿勢を見て取った羅甲隊も、徐々に距離を詰めてくる。

「少々間違っていました」

 アレスの声。普段より低く、甘さが消えていた。

「私の命はともかく、イリ、貴女を巻き込んでしまいました。貴女を守らなければならない」
「アレス……?」



「私は貴女を守る“盾”となる」



 目付きが変わった。
 ライフルを三発、敵へ向けて放つ。全て外れたが、どれも相手の動きを制するに足る射撃だ。左手でビームソードを抜き放つと、一機に狙いをつけダッシュ。
 余計な駆動は無い。ただまっすぐ迫り、羅甲の頭部を切り捨てた。
 それだけでは終わらない。小破した羅甲の背後に周り、アクートたちに対して盾とする。アクートにとっては痛痒も無いだろうが、僅かな時間があればいい。案の定羅甲の反応は2,3秒遅れている。
 ライフルを羅甲の体越しに、連射。羅甲一機を破壊した。敵からはライフルを見ることができないため、彼は撃たれたことすら理解が遅れた。

 盾にしていた羅甲を引き倒し、残る敵はアクートと邪蠍蟲のみ。斜面を転がった羅甲はまだ追いついてこないため、計算から外す。

(こいつすごいな……!)
「つっ――」
「どうしたアレス?」

 イリヤナが覗き込むと、アレスの右腕が小さく震えていた。イリヤナは、アレスの射撃が先程から正確さを欠いたことを思い出す。

「お前、その腕……」
「問題……ありません」
「何時からだ、そんなに悪かったのか?」

 邪蠍蟲の攻撃から逃れた時か、崖から落ちた時か。いや、もっと前……アレスの右腕が、イリヤナを石に落とさぬよう無理をしたことがあった。

「俺を庇ってなのか!?」
「……上手く隠してたつもりでしたが」
「バカ! もっと早く言えよ!!」

 アレスの顔色は目に見えて悪くなっている。今も激痛に耐えているのだろう。だが、そんな事情はお構いなしに、アクートの毒牙は迫る。


「役に立たねえ奴らだ、ったくよぉ」

 砲門を弥紗那へ向け、ミサイルとレーザーの雨。近くにいる部下などお構いなしの攻撃を、弥紗那の電磁フィールドが遮る。だが次々と降りかかる砲火にフィールドが破れ、レーザーの残滓が弥紗那を撫でる。

「動きます、舌を噛まないで!」
「……!」

 横っ飛びしつつ、ライフルを――構えるに留まる。

(トリガーが重い……!)
「んん? 撃たねえのか?」

 アクートに疑念が浮かぶ。再びレーザーで牽制し距離をとるが、弥紗那からの反撃が来ない。

「ククククケッケッケッケッ! 弾切れか、それとも機能不全か。いずれにしろ離れてりゃこっちのモンだ、近づいてきても殺すがなぁ〜」

 ――詳細はともかく、アクートはアレスの事情に感づいている。狡猾さだけで駆け上がってきた男では無いということか。戦いはアレスが一方的に撃たれる展開となった。
 コクピットに嫌な振動が伝わる。電磁フィールドでダメージを減らしているとは言え、このままではジリ貧……。だが接近戦では邪蠍蟲の方がパワーで勝るだろう。

(どうすればアクート殿を退けられる……!?)

 アレスの口から、歯を食いしばって血が滴る。話しても聞かず、部下がやられても気にかけないこの男はアレスの理解を超える難物だ。

(倒さなければイリを守れない……こうなったら)

 黒い感情の滾りが、アレスの心の奥底から沸き上がってくる。それは殺意と呼ぶべきか。普段押さえ込んでいた気持ちが、心の箍を外そうとする。

「アレス!」

 イリヤナの胸がアレスの顔に押し付けられ、弥紗那の動きが完全に制止する。

「はふあっ!? 何ですイリ!?」
「俺がお前の“右腕”になる、操縦桿よこせ!」

 座席後部にいたイリヤナが身を乗り出し、アレスの右手に己の手を添える。そのおかげで狭いコクピット内でむぎゅうっと体が近づくが、四の五の言ってはいられない。

「攻撃はまだ防げるな? 腕が動かないフリして、引きつけるんだ。奇襲をかける」
「……わ、分かりました!」

 シールドを掲げて守りの姿勢。だがダメージは完全に断てず、徐々に機体が悲鳴を上げだす。

『出力75%に低下』

 電子音声が機体の状況を報告。

「さぁ〜ていつまでもつかなあ?」
「まだ……まだだ!!」

 弥紗那のバックパックから荷電粒子が放出され、電技フィールドに貼りつく。フィールドと粒子の干渉から淡く発光し、弥紗那を光が包み込んだ。これが弥紗那の最高防御形態“光の壁”である。

 ボッ! ババッ!
 邪蠍蟲の砲撃が全て光の壁に遮断され、空中に閃光の花が咲く。

「生意気なッ、斬り刻みゃあいいんだろうが!」

 ついに邪蠍蟲がその身を乗り出し、弥紗那に迫り寄る。

「いいですかイリ? 先ほど言ったように」
「任せろ!」

 邪蠍蟲の巨体が躍り上がり、振りあがるは両腕のシザースアーム。それをこそ待っていたイリの手がトリガーを引く。一発、二発。放たれたビームは正確にシザースアームを破壊した。

「なぬっ!? 撃てたのかよ!!!!!」
「うおおおおおおぉぉっ!」

 アレスの気合一声、弥紗那がフルパワーで前進し、邪蠍蟲の体をタックルで押す。嵩にかかっていた邪蠍蟲の体は安定を失い、崖際まで一気に押されたが、アクートはこの状況に残虐な笑を浮かべた。

「ざ〜〜〜んねんでした〜〜〜。この邪蠍蟲は全身が武器なんだよ!」

 蛇腹構造の体から無数の刃が飛び出し、弥紗那を抱え込むようにキシキシと動く。

「今ですイリ、レバーを!!」
「おう!!」

 イリが引いたレバー。それは、弥紗那のバックパック排除用レバーだった。戦闘時に素早いパックの換装を行うべく、バックパックを切り離した後、スラスターで機体から自動で離脱させる機能である。
 これを腹部で行われた邪蠍蟲は――

「お ぷ っっっっ !?」

 飛び出したバックパックに“吹き飛ばされて”、崖の向こう、谷の深くへと転落して行った。



「死んだ……のか?」
「いえ、邪蠍蟲の巨体なら耐え切るでしょう。それにアクート少佐ですから、なんとなく無事な気がします」

 しばし邪蠍蟲の様子を伺っていたが、ピクリとも動かない。
 戦いが終了したところに、最初の接触で転がした羅甲がようやく顔を出して来た。

「あ、あれ? 少佐は?」
「下に落ちてしまったので、回収してあげてください」
「え……、は、はは。失礼しましたーーー!!!!」

 踵を返して飛ぶように去る羅甲。アレスはもう目で追うこともせず、その場を後にした。


続く