サティで学ぶ兵器 放課後 「机上の空論・実戦理論への昇華」



今日もきょうとてサティとアナンドは午後は室内でお勉強、
―ではなく今日はサティだけ外で実戦訓練である。

「ふっふーん、サティさんどうよ?どうよこれ?」

ガンダーラに乗るサティの正面でくるりくるりと回って見せるのは
フェミリアが今後乗る予定の機体。それは世界中のカタログのどこにもまだ載っていない、
そう、それは新型機だった。

「サティさんどうよ?」
「んと、ダイエットしたPGなの?」

思った事を素直に感想として口に出す。頭部、そして全身ピンク色のカラーリングにどことなく
インドの特殊車両ピンクガネーシャの系列である事を思わせる。

「大当たり!これこそが私が乗る予定のスーパーロボット、PGを戦闘向けに完全特化させ
精神感応機構を追加したラクシュミーΩよ!今はAIによるオートパイロットだけど、
私が乗り込めば水上を走り、水飛沫で幻惑し、放水で跳躍と攻撃を行いガンダーラの手が届かない
相手を引き受ける役目を担う予定の機体よ。まだ実戦には出せないけれどサティさんにはお先に公開したくってね」
「すごい、でも全部まだ予定なんだね」
「そーなのよー、まだ私自身に出撃許可もシミュレート許可も下りなくてね。トホホー」

シミュレートルーム内司令室から涙声でフェミリアの声、嬉しさ半分悲しさ半分といった所か。

「まっ、そんなわけで今日はガンダーラでコレと戦ってもらうわ」
「はーい、中にフェミリアさんが入ってると思って思いっきり叩きつぶすよ!」
「おいコラ聖女」

【最終問題】
敗北条件を満たす事なく以下の勝利条件を満たせ。
勝利条件:ラクシュミーの撃破
敗北条件:ガンダーラのHP50%以下

ガション!
無人のラクシュミーΩが両手を天地に構えガンダーラに狙いを付ける。
本来は足を止めず動き回りながら戦うのがベストなのだがフェミリアが乗っていないゆえに
とれる戦術が限られる今は前方射撃と防御に即座に移れるポーズがベストとAIは判断した。

「その両手から放水して戦うの?面白いね、でもその程度じゃあ」

ガンダーラに向かい、射程ギリギリから主武器・ハイドロカノンの連射、
だがやはり威力が足りない。ガンダーラはほぼ無傷まま剣を構えじりじりと近づいていく。


【一方その頃シンガポールでは】

「グーチェ、もう報告書全部目通した?」
「ん。返すね」

グーチェはポイと読み終えた冊子をリノアに投げ返す。
それはリノアを含む一部のオスカー配下の軍人に配布された強化人間の運用上の注意事項だ。
彼らのスペックや暴走に関する注意、決して生きたまま捕獲されてはならぬ事等が記されている。

「こうやって注意をしてくれる事自体はいいんだけどね…はあ…」
「リノア、強化人間のリストのページに『サーメット=ミルノート』ってあったけど」
「ええ、間違いなくあのサーメットね」

アムステラにおいて姓を名乗る事が出来るのはごく一部の高貴な生まれのみであり、
それゆえにアムステラ星系において同名の別人は数多くいても、同姓同名の別人はまず存在しない。
二人の知る士官学校の後輩と強化人間の一人が同一人物というのは疑いようの無い事実である。

二人にとってサーメットは出来の悪い後輩だった。
酷い逃げ癖があり、他人に依存し、形勢不利になるとすぐにパニックに陥る。
兵としての総合的な資質は平均以下といわざるを得ない。
だが、時折見せる才能の片鱗とミルノート家の看板の為、彼女には常に一定の期待が寄せられる。
これほど、軍とサーメット本人にとっての不幸は無いだろう。

リノアとグーチェは彼女には特別に厳しく接した。
甘えを捨てるか軍人の道を完全に諦めるかしないとロクな事にならないと考えての事だったが、
結局サーメットの性根は変わる事なくそのまま軍人になってしまった。
その後二人の不安の通り失敗を重ね左遷されていたとは聞いていたが―、

「まさか、こんな形で名前を見るなんてねえ」
「このデータスペック通りなら私達並みかそれ以上のパイロットになっちゃったって事だよな。
あのサーメットがそこまで強くなるなんて真面目に訓練してるのがバカらしくなってくるよ」
「私が言いたいのはそういう事じゃないわよグーチェ。
いい?この間まで普通に社会に出ていた人間まで強化人間になってるのよ」

これまでリノア達が見聞きしてきた強化人間は犯罪者あるいは身元不明の者達ばかりだった。
しかし、サーメットはこの間まで社会に存在していた、それも二人の知る人間である。
リノアはこの冊子によって、自分達が少しアムステラを離れていた間に禁忌の根がますます
深くなっている事に気付かされたのだ。

「…リノア、わかってるとは思うけど無茶しないでよ」
「流石に私もこの冊子片手にオスカー様に詰め寄る程バカじゃないわよ。
大丈夫、アムステラの正義を問うよりも今は戦争の決着よ」

とはいえ、この件でリノアの正義が一層揺れたのもまた事実。
この戸惑いが無ければニラーシャの狙いをオスカーに即座に報告し、
後のガンダーラを狙った一連の戦いは無かったかもしれない。

「さっ、そろそろ行きますかグーチェ。目指すはインド、ガンダーラの恐ろしさを見に行くわよ」
「負ける為の戦いね。全く、ニラーシャの奴と会ってから茶番続きよ。
私もそろそろ普通に強敵と戦いたいんだけど」
「ロシアで戦ったあいつらみたいな?」
「ああ。あのゴーリキーのパイロット達ももちろんそうだけど、
ピンク色の3型に乗った女、あれも強かった。機体の性能差が無かったらちょっとヤバかったかも」
「ニラーシャにデータ見せてもらったけど、あの試作機だけ頭一つ弱かったわよね」
「インドの設計者に感謝だな、おかげで楽に勝てた」

インドの学者ライブ=ハーゼン、彼は戦術ロボット研究者としては3流、
作業車開発者として及び経営者としては1流というのが地球全体の評価だったが
アムステラ側の評価も似たようなものに収まったのだった。

【ビームセッターブラッククロス・リノアの挑戦・決断編完】


バシイイン!!!!!
伸縮自在のメイン武器、ガンダーラの独鈷剣がラクシュミーΩを真正面から叩きつぶす。
トリッキーな動きを持ち味としたラクシュミーΩにとって、パイロット不在という理由があったとはいえ
ガンダーラとの正面決戦を選んだ事、それはその時点での敗北が確定したといえる。

こうしてフェミリアの予想以上にあっけなく、ピンク色のゴキブリのごとくペシャンコになったラクシュミーΩだった。


「うわーん!私の専用機がぐっしゃぐしゃに!」
「ごめんなさいだよ。やりすぎちゃったね、てへ」
「う、ううん。アンノウンに対しては出し惜しみせずに戦うのは戦場の鉄則だからサティさんは悪く無いわ。
悪いのは、AIでも結構戦えると思った私よ。それに、人が乗らなきゃこの程度だというデータが
採れた事で私の訓練許可も出易くなったってものよ…ぐすん」

ウルリラウルリラと泣き続けるフェミリアに突如連絡が届く。

「フェミリアさん、サティちゃんいますかー」

受話器を取ると間延びした女性の声、シミレーション用司令室に通話してきたのが
PG隊の隊長オードリー=スガタであると気付く。

「ぐっすん、スガタさん、どうしたの?」
「何泣いてるんですかー?って、そんな事よりも大変です、敵襲ですよー。
ブラッククロスを名乗る20前後の羅甲を中心とした部隊が侵略宣言と同時に首都に向かって来ましたー。
サティちゃんの出動要請が出てるので呼んでくださいねー」
「…分かったわ、今すぐ出動させます」

ブラッククロス、世界中に支部が存在する裏社会を牛耳る犯罪組織であり
アムステラ側についた地球人の代表的なそんざいである。
アムステラから借り受けた操兵や技術を駆使し戦闘行為を行うのだが―、

「何かおかしいわね」

ガンダーラが加わり守りの固くなったインド、個々の兵の質ではアムステラを下回り
その為単独での行動が少ないブラッククロス。
だが、スガタの報告が真実なら彼らは負けるのが見えている戦闘を仕掛けたという事だ。
そもそもブラッククロスが「我等ブラッククロス、これから攻めるんでよろしく」とか宣言するか!?

「フェミリアさん、早く行かないと」
「っと!そうね戦術意外を考えるのはいくらでも後で出来るわ。サティちゃん行って来てくれる?」
「うん、悪い子はオシオキだよ!!」
「私もすぐにPGで出るわ。ブラッククロスが相手だというのなら民間人の避難が必要になりそうだしね」


【勝利条件が変更されました】
勝利条件:敵の全滅
敗北条件:ガンダーラの撃沈



サティはそのままガンダーラで、フェミリアも余っているPGに乗り込み戦場へと向かう。
シミュレーションルーム内の司令室にはフェミリアが置いたままの本が一冊、
これまで教科書として使われていた教本が寂しげに残されていた。

開けっぱなしのドアから風が吹き、教本のページが次々とめくれる。
やがて、端の方までめくれてあとがきのページが開かれた。
それからしばらくして、忘れされれたもう一人の生徒が入って来る。

「フェミリアせんせー、テスト終わったんで採点してくださーいっと。あ、あら?」

まだ見習いであり戦場に出る資格すらないアナンド、いつもの部屋でサティとは別に
試験を受けていた彼は敵襲の知らせなど聞かされておらず完全においてけぼりをくらっていた。

「フェミリアさーん、サティちゃーん、どこいったー?…ん?」

無人の部屋の中を探しまわるアナンド、ふとあとがきのページが開かれた教本が目に入った。


『あとがき 
これまで様々な戦術論を偉そうに述べさせていただきましたが、相手は糞アムステラ野郎です。
我等の常識を破る恥知らずな動きがいつあってもおかしくはないのです。
ここに書かせて頂いた事を基本として胸に刻みつつ、応用編にて緊急時対応も身につけて頂きたいのです。
これまでの糞アムステラ野郎どもとの決戦の記録を元に私が書き連ねた体験談と教訓を記した応用編、
現在執筆中のこちらも完成のあかつきには、ぜひこちらも各国や民間組織で教本として使って頂けたら幸いです。
なにせ素人組織が自己判断で戦場に出るほどの迷惑はありませんからな。
特にどことは言いませんが日本の民間組織の諸君、これに書かれた通りに動き我々プロの足を引っ張らない様にしてくださいね。 

多国籍合同戦争における基本編 著者 日本防衛軍大元帥 寺本 拳』




サティで学ぶ兵器・完