ぷちこあ劇場 フェミリアのルーツ
「バカな!ありえん、俺が女なぞに…」
作戦は完璧だったはずだった。
ブラッククロスとの共闘により地球側の空戦機を食い止め、
その間に対空戦能力に弱みを持つバチカンを自分が落とす。
この星の最大数宗教のシンボルを占領する、その功績があれば
自分がシャイラより上だと誰もが認めるだろう。そう思ったからこそ引き際を誤ったのだ。
ラクシュミーΩ、聞いた事の無いその機体により水際で部下達は足どめされ、
突破したのは自分のみ…いや、突破させられたというのが正しいだろう。
水上に立つラクシュミーΩの防衛ラインの弱い部分を突き飛び込んだ先、
そこに本命は待っていた。岩石のごとき、否、まさに全身岩で出来ていると言うべき巨人。
「フェミリアさんの言った通り。ここに立ってれば勝手に向こうから来てくれた」
「がっ、ガンダーラぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!?」
決して正面に立ってはいけない存在が目の前にいた。
必死で残弾とジャミング兵器を発射し、それと同時に離脱を試みるが間に合うはずも無い。
「悪い子にはお仕置きダヨ!」
『ガンッダーーーーーラーーーーーーーーー!!!!!!!』
ガンダーラの口から発生された音撃が敵機を発射されたミサイルごと分解する。
「こんな事があってたまるか!俺が女に負けて死ぬなど!うぉぉぉぉ!シャイラー!!!!」
最期まで己の敗北を認めぬまま、間違いも認めぬまま、彼はその生涯を終えた。
アムステラ空軍少佐メッキー、愛機黄鉄(おうてつ)と運命を共にする。享年27歳。
フェミリアとサティが戦う海岸とは反対側、こちらでは雷切とウインドスラッシャー相手に
ブラッククロスが防戦を続けていた。
「風と雷の英雄よ、今はお前達の方が強い。だが、この作戦の勝者は俺達だ!
さあっ、絶望しろよおっ!」
雷切とウインドスラッシャーの間に部隊を押しこみ彼らの連携を封じ、
少しずつ削られながらも突破を許さない。この場所での勝利を捨てただひたすらに
防御に徹していた。
『複数の中型スラスターにより人型の上半身のみを飛行させている』不気味な外見の隊長機、
まともに戦えばどの程度できるかは不明のその機体が空戦羅甲の群れを突破しようとするのを押しとどめる。
このままならばいずれは勝てるのだが、そのいずれが遠すぎる。ヘンリー達に苛立ちが募っていく。
だが、その時状況が変わった。音ゆえに肉眼では見えぬ、だが広い戦場に響き渡るブッダボイス。
それと同時に消滅する黄鉄の反応。
「メッキーの奴はしくじった様だな、これでアムステラはますますガンダーラを脅威に感じるだろーな。
…ってメッキーやられたって事は神父君達はこっち来るって事じゃねえか。
ただでさえウインドスラッシャーと雷切相手にギリギリだし、そうなったら生きる目は無いか…。
よっし、逃げ場無くなる前にずらかるわよ、みんな!」
アムステラの指揮官の戦死を聞いたブラッククロスのリーダー格の男は
やってられっかとばかりに全軍に退却を命じる。
「やけにあっさりと逃げましたね」
「ブラッククロスとアムステラの関係はそういうモンなんだろう。
信念による共闘ではなく、利用価値が無くなったら見捨てるか…やれやれだぜ」
ブラッククロスへの追撃のチャンスではあるが今はバチカン内の敵戦力の掃討が優先される。
ヘンリーと狩村は逃げるブラッククロス兵を無視し、
海岸で戦闘を続けるアムステラ空軍の残兵とフェミリアのいる地点へと急いだ。
「英国と日本のエース、それに指揮官を落としたサティちゃんも海岸に来ているわね。
あ、この戦況ならアンドレも漁夫の利を狙いにこっち来るかも。これなら何とかなりそう…」
この戦いはフェミリアにとって初めての他国との共同戦だった。
その為、味方が駆け付けた事により生じた一瞬の気の緩み。
アムステラ兵はそこにつけこんだわけではない。
だが、フェミリアの気が緩んだその僅かの間に『偶然にも』
指揮官と共闘相手を失った敵兵の半ばヤケクソの全弾発射が行われたのだ。
今まさに到着したヘンリーと狩村の目の前で、
ラクシュミーΩの立っていた場所に爆雷が落とされた。
数秒の煙の後、ラクシュミーΩの熱反応が消え水上には何も残ってはいなかった。
そして、物語は千年前へと遡る―
今から約1000年前の事です。
カクハバートという星でぷちこあは生まれました。
この星のエネルギー問題解決の為に開発されている積念コア。
ぷちこあはそれの試作品でした。
ぷちこあには沢山の弟がいましたが、人々の思いを受け止めきれず皆粉々になってしまいました。
でもぷちこあは大丈夫でした。ぷちこあには思念を受け止める事がそもそも出来なかったのです。
今から1000年とちょっと前の話です。
とうとうカクハバート人の夢である積念コアが完成しました。
開発した博士は「これでエネルギーに悩まされない」と喜びました。
協力者達は「これを使えば他星の侵略が容易くなる」と喜びました。
積念コアの扱いで意見が分かれ、博士は積念コアを持って逃げ出しました。
何のエネルギーも産み出さないぷちこあは皆に忘れられ一人ぼっちになってしまいました。
今からだいたい1000年前の話です。
全ハゲ・半ハゲ・フサの傭兵三人がぷちこあを連れて博士を追いました。
あまり頭のよく無い半ハゲの女傭兵がリーダーの全ハゲに聞きます。
「こんなガラクタ母艦に積み込んでどうするの?」
リーダーのハゲは言いました。「積念コアの波動を追うのにこの試作品が使えるのさ」
ぷちこあは傭兵達の星間移動用の母艦内部に配線で繋がれました。
しばらくすると積念コアの波動が聞こえてきました。ぷちこあがコアの波動に反応すると
傭兵達は探知に成功した事にとっても喜びました。
ぷちこあも弟の声が聞こえた事が嬉しくて喜びましたがぷちこあの声は人間には聞こえませんでした。
今からちょうど1000年前の話です。
傭兵達とぷちこあは地球という星で積念コアと博士を見つけました。
やっと弟に会えるとぷちこあはとっても喜びました。
母艦が動きだし目の前に立派になった積念コアが見えてきます。
「積念ーおにいちゃんだよー」「ヴィヴラテック・クラスター!!」
再会した弟の第一声は最大奥義でした。ぷちこあはわけがわからないまま熱線を浴びせられました。
傭兵の皆も母艦もやられてしまいましたがぷちこあだけは生き延びました。
母艦にずっといたぷちこあは聞いてはいませんでしたが、積念コアを破壊できるならとっくにしているという
博士の言葉は正しく、頑丈さだけは弟に負けないぷちこあはなんとか耐える事が出来たのです。
そして、積念コアがガンダーラと呼ばれこの星の人にあがめられている間、
ぷちこあは少し離れた場所にある湖の底でずっと一人で誰かが拾ってくれるのを待っていました。
長い長い時が流れました。ぷちこあは冷たい水の中で色んな事を思い出していました。
カクハバートの研究者達に耐久度の実験として何トンもの衝撃を与えられた事。
粉々になった兄弟達が捨てられていくのを見て自分には思念を増幅する機能が無くて安堵した事。
自分の百倍以上の大きさの積念コアを見て弟のでかさと性能にただひたすら驚いた事。
弟を連れ自分を置いて出ていった産みの親。再会した瞬間にすさまじいエネルギーで自分を攻撃した二人。
一緒に家族を追って旅した傭兵達の死の間際の無念。
無限とも言える孤独の中、ぷちこあは自分が生まれてからの記憶を何周も繰り返し思い出していました。
そして自分がとても不幸なのだと思いこむようになってしまいました。
今から40年ぐらい前の事です。
ぷちこあはやっと人間の手で拾い上げられ湖から出る事が出来ました。
外へ出てぷちこあは驚きました。この湖の傍に住む人達の中には不思議な力を持っていたり
年の割に幼い外見の者等がいたのです。湖の水を生活に利用している村人達を見てぷちこあは思いました。
もしかしたら自分の思念が彼らを変えてしまったのではないか、これでは積念コアとは真逆ではないかと。
何がきっかけでこうなったのかは分かりません。ですが、ぷちこあは決意しました。
「この力を使い弟を見返してやりたい」
ぷちこあはこれまで積りに積もった思いを自分を拾い上げた少年とその友人にぶつけました。
自分を拾い上げた方の少年は何ともありませんでしたが、体の弱い小さな友人は
この時に強い上昇志向とガンダーラへの執着を目覚めさせたのです。
そして、女の子の様に弱く小さな友人の事を見捨てられず、ぷちこあを拾い上げた少年も
野心に付き合う事になったのです。
拾い上げたぷちこあに運命を操られた二人は目的の為に己を磨き続けました。
水を操る力に長けていた少年はその力を修行によって高め続け、
学術の才があった友人は外国の大学へと進学しガンダーラの出自を知る為に
考古学とロボット工学を学びました。
今から28年前の話です。
ぷちこあが目を付けた二人に子供ができました。
この子供達はどちらも親以上の才能を発揮し、厳格な教育によって
めきめきと実力を付けていきました。
全てが順調に行くのを見てぷちこあはほくそ笑みました。
自分を産み出した博士の面影のあるこの子供達ならきっとガンダーラと呼ばれている
アイツを動かして手中にする事が出来る。そうなればきっととても楽しいのだろう。
ぷちこあは弟が自分の自由になる未来を思いげらげらと笑いました。
今から20年ぐらい前の話です。
ぷちこあの下僕二人はその子供達と一緒にフランスという国に来ました。
そこで彼らは研究のスポンサーとなってくれる貴族と共に暮らし礼儀作法を学んで行きました。
彼らの帰宅後、ぷちこあは彼らの会話を元に地球という星の現状を知る事ができました。
どうやら自分が来た時に比べ随分と文明が進歩したようです。
ぷちこあは少しあせりました。このままでは自分達以外が積念コアとその器である
ガンダーラを持っていくではないかと。
今から10数年前の話です。
地球人は宇宙人の存在に気付きました。
多少のドンパチがあり後に英雄と呼ばれる男が多くの仲間を失いながらも
これを退けたと言われていますがぷちこあには詳しい事は分かりませんでした。
この間、ぷちこあは様々な人物に対し支配を試みていましたが、
誰も彼の思い通りにはなりませんでした。
ぷちこあは気付きました。自分の思念の影響を受けるのはあの湖のある村の人間だけなのだと。
弟にも負けない力を手に入れたと舞い上がっていたぷちこあは恥ずかしさとむなしさでいっぱいになりました。
今から5年か6年ぐらい前の話です。
ぷちこあ同様に所有者の二人も自分達以外の存在がガンダーラを奪うのではないかと考え始めました。
彼らは寺院から力づくでガンダーラを奪う計画を立て、それは彼らと娘達ならば可能な計画でした。
でもそれは実行されませんでした。決行前夜、ぷちこあが見ている目の前で所有者の一人が殺され、
その娘が連れ攫われたのです。
犯人は机の中にしまわれているぷちこあには気付きもせずに出ていきます。
ぷちこあの所有者だった男は死の間際に思いました。
「これば暴走する友人を止められなかった私への罰なのだろう」
彼の悲しみの思念を受けてぷちこあは自分がとんでも無い事をしてきてしまったのだとようやく気付いたのです。
今から1年と少しぐらい前の話です。
長年の友とその娘を失い、フランスのスポンサーも他国へ行き連絡が取れなくなって以来
ぷちこあに操られた男はすっかり元気を無くしてしまいました。
地球はアムステラという星から来た宇宙人に攻められ、今こそ人型兵器研究者として
役に立たねばならないのですが彼にはもう嘗ての才能は残されてはいませんでした。
彼のデザインした武装を搭載した新型が自国のエースと共にロシアで戦ったけれど
同型の他国機がある程度活躍する中インド製のそれだけは一機も敵を倒せずに全壊寸前で帰って来たという事もありました。
今から数か月前の話です。
ガンダーラが目覚めたその日、ぷちこあに操られていた男はその人生を終えました。
ぷちこあは遺品として彼の子供に引き取られました。彼女は今までの所有者の様にぷちこあを机にしまうのでは無く
お守りとして常に持ち歩いていました。そして、目覚めた後のガンダーラは軍に預けられる事となり、
ようやくぷちこあは弟と話せる機会を得る事が出来ました。
「やあ、初めまして!私はガンダーラと呼ばれています。君は私の声が聞こえるのかい!?」
ぷちこあはショックを受けました。生まれてすぐ地球へと向かった積念コアは自分の事など知らなかったのです。
ぷちこあは自分が積念コアの兄であるという事を告白するのはやめました。
1000年間ずっと人々と触れ合っていた積念コアは自分よりもずっと大人っぽかったのです。
ですから今のままでは自分が兄だというのが恥ずかしいと思ったぷちこあは本当の事は黙っている事にしました。
「初めまして、私は…私の名前はラクシュミーΩってもうすぐ呼ばれると思います」
そしてこれから語られるのは今日の話です―
「う…ン…ここは、ベッド?」
「フェミリアさんおはよう!大丈夫?どっか痛い所無い?」
フェミリアはベッドから目覚めると自分の身に何が起きたのかを思い出す。
一瞬の油断と同時に降り注いだ爆弾。
撃ち落とすのも跳躍して回避するのも間に合わないと判断し…、
そうだ、水上歩行機能をオフにして海底に逃げたのだった。
だが爆発のダメージを完全には防ぎきれず海底でずっと気を失っていた所を
仲間達に救い出されてここにいるのだろう。
「私の体は大丈夫よ。サティさん、戦いはどうなったの?」
「アムステラもブラッククロスも全員バチカンから退却したヨ。皆の力で大勝利ダヨ!」
「そう…よかった」
「あ、そーいえばフェミリアさんが起きたら聞きたい事があったネ」
「何かしら?」
「ラクシュミーΩからフェミリアさんを運んでいた時、変な石が操縦席に埋め込まれてたヨ。あれ何?」
変な石と言われてフェミリアは苦笑した。父の遺品である石をお守りとしてラクシュミーΩに装着しているのだが
言われてみればフェミリア自身あの石については父からは何なのか聞かされていないのでよく分かっていない。
サティの言う通りあれは現時点では変な石だ。ひょっとしたらロストテクノロジーに関わるものかも知れないので
今度時間がある時にジェイコブ博士か岩倉博士に見てもらおうかとフェミリアは思った。
「フェミリアさーん、フェミリアさーん、サティの話聞いてるー?」
「あっ、ごめんね。あの石はね実は私もよくわからないものなの。普通の石で無い事は確かだけど
精神感応を増幅するわけでもないし、でもあれを持っていると不思議と心が落ち着くのよ。
だからラクシュミーΩの中に入れてあるのよ」
「ふーん、言われてみればサティもあの石を見てなんだか懐かしい気がしたんダヨ」
「懐かしい?どうして?」
「さあ?どうしてダロ…?あっ」
何かに気付いた様にサティは頭上に電球を光らせ手をポンと打つ。
「これがいわゆるヒーリングストーンって言うやつダヨ!紫水晶とかの」
「ナルホド、私が感じていたのは父さんの遺品だからという暗示によるオカルト効果ってやつね」
「きっとサティが懐かしく感じたのも変な石の雰囲気に何かあると期待したからダネ」
ぷちこあの正体が地球人に明らかになるのは当分先のようです。
―めでたしめでたし―