MOON CHILD -Replacement−
つまんねぇ、つまんねぇ、つまんねェ!
いくらこのオレサマがカンペキで才気溢れる新鋭の超人だからつってもなぁ!
こー毎日毎日テストだ調整だって連れまわされるのは飽き飽きしてくるぜ、まったくよぉ。
まったく、このオレサマをどこのどいつだと思っていやがる、期待の新人、サイキョーにして最狂のウドラン様だぞ。
ワケわかんねー調整だか訓練だかしんねーけどよ、そんなモン必要ねーんだよオレサマにはよ。
それなのにあいつら無能モンのくせに、オレサマにあれこれ言いつけてきやがってよぉ。
めんどくせぇったらありゃーしねぇ。
ったくよぉ、なんでオレサマがわざわざクソ袋どもの言うこときかねーといけねーんだよ。
ったくよぉ、胸糞わりーんだよ!
ってなことをこの前技師連中に言ってやったんだが、連中、なんていいやがったと思うか?
じゃ、また明日も、だとよ。クソッ。
ったくよぉ、お前ら毎日毎日検査だのなんだのって、オレサマを呼びつけてんじゃねーよ。
ンな検査、ちまちま連日やる必要性ねーだろうが。
つーかお前らのトコまで遠いんだよ、オレサマの部屋は!
往復するだけで面倒なんだから、お前らがオレサマのところに来い、オレサマのところにな!
……なんつっても、どうせ聞く耳もちゃしねーんだろーがな、あいつら。
正直めんどくせーが、無視したら無視したらであいつらブツクサうるせーしなー。
っつーわけで、しゃーねぇけどオレサマが直々に検査室まで向かってるんだがよ、
ふと見慣れねぇ女がオレサマの視界に入りやがった瞬間、
ぞくり、と悪寒が走って思わず立ち止まっちまった。
なんだぁ、あの女は…?
見たとこ十代後半から二十そこそこってとこか、なんつーか無機質なカンジの残るイイ女ってカンジだ。
こっからじゃ後姿しか見えねーけどよ、ケツがむっちりしてて、エロい。おっぱいもありそうだな、ありゃ。
背は割りと高いな。つか、オレサマよりはありそうだ。
クソ、生意気だ、クソッ、うらやましくなんかねーんだかんな!
――うらやましくなんかねーつってンだろ!
……あー、っとだな、髪の毛は短かめで、軽くくしゃっとした感じだな。色は白色。
どう表現すりゃーいーのかわかんねーけど、なんつーか、純白ってやつぅ?
どうやったらここまで汚れ一つない色に染めれるんだ、って言いたくなるくらいの白。
こんなキレーな髪色の女なんざ、オレサマは視た覚えがねーんだが……だれだ、こいつ?
新しく来た強化人間専門の技術者ヤローか? それともあれか、オレサマにあてがうつもりのオンナかァ?
……なーんてことを、フリフリさせてるケツを見ながら考えてたんだが、くるり、突然ケツが目の前から消えた。
ぎょっとしたが、何のこたぁねぇ、単にこっちに振り向きやがっただけだ。
つまりオレサマが今見てるのは女の股だな。なんだ股か…へへへ。
「――貴方は……あぁ、なるほど……ハジメマシテ」
な、なんなんだこいつ、いきなり話しかけてきやがったぞこの女!
お前のようなやつなんかと、オレサマは知り合いになった覚えはねーぞ。
「てめぇ、誰だよ、何でオレサマのことを知ってやがんだよ! えぇ!?」
「あぁ……なるほど。そういえば、貴方は私のことを知らないんでしたね。
けどまあ、生まれたばかりの坊やちゃんなら、それもしょうがない話ですね……」
しれっと言いやがる、こいつ。むかつく女だ。つーか誰が坊やちゃんだ誰が!
文句をいってやろうと視線を上に向けてみりゃあ、やっぱりというか、そこには見事な双球がそびえてやがる。
組んだ両手で押し上げてやがる。エロい。とにかくエロい。挑発してやがんのか、コラ。
生意気な女だ。コレで顔が残念なできばえだったら、かまわずぶん殴ってやるぞ。
…………。
……………………。
なんって言えばいいんだ、こーゆーのはよぉ。
そこには……まあ、なんつーか『笑顔』があった。
何が面白いのかわからねぇが、にこにことしてる紫色の瞳がきらきらしてやがる。
ただ笑ってやがるんなら不気味だが、そういう不気味さとは無縁のやろーだ。
オレサマのことを茶化して笑ってるでもねぇ、ただ『笑いたいから笑っている』ような、そーゆー不思議な女だ。
あれか、頭のおかしい類の女か、こいつは。
「そうですね、それでは私から名乗りますよ。私の名前は、ティカ。ティカ=ハイヌウェレといいます。
貴方たちよりも四年以上早くに造られた改造人間――もとい、人造人間です。
もっとも、貴方がたと私たち『姉妹』とは、作成者もその思惑も、大いに異なるものですけど、ね」
「あぁ? オマエもオレサマと同じ……だと?
そーいや、どこだったかの星にいって、反逆者やら宇宙怪獣やらをぶっ殺したやつがいるって、
技師連中がいってたな……んじゃナニかぁ? てめーがその、強化人間ってやつか……嘘くせぇー……」
「嘘、じゃありませんよ? これに関しては証人がちゃんといますから。
あの作戦に参加してた人にでも尋ねれば、それが嘘偽りのない事実だということがわかる筈ですけど?」
「……ハッ!」
アホらし。ンなめんどっちーことだれがするかっつーの!
笑いすぎて頭がいかれてるんじゃねーか、このアマは。
ま、どーでもいいか、こんなバカ女のことは。知っちゃこっちゃねーわ。
が、だ。オレサマは係わり合いになろーとも思っちゃいねーのにだ、あっちのほうから話しかけてきやがる。
くそ、忌々しい女だ、このヤロー。
「ところで、名前を聞いてもいいですか?
一応、機会があれば行動を共にする可能性もあるわけですし、名前を知らないっていうのは……」
「…………」
「…………」
「……なんだよ! なんでオレサマについてくるんだよ! あっち行けよ!」
「いえ、だから名前を尋ねたんですけど。
それに、私の行き先もこちら側ですし、せっかくですからご一緒しようかな……と」
せっかくってなんだ?
さっきからコイツ、ふざけてんのか?
そーとしか思えねぇ態度だから困るっつーのに、じろっと横目で見てみてもニコニコ笑い返してきやがる。
アホの子か、オマエは。
「…………チッ……ウドランだ。クソ」
「はい、ウドランさんですね。同じ『人外』同士、よろしくお願いします」
……は?
「ふざけてんじゃねーっつの! 誰がてめぇなんかとよろしくなんかするかーっつーの!
オマエ、何か勘違いしてねぇか、えぇ? つーか勝手に人の名前読んでんじゃねーよ。
オレサマの事を呼びたかったらなぁ、『ウドラン様ァ』って呼びやがれ、この笑い女が!」
「……笑い女――私の、ことですか?」
「他にいるかっつーの!」
はい、認定した。こいつマジモンのあほだ。
そんな言われ方始めてですねぇ〜だとか、私にはすでに主がいるので様付けは〜とかブツブツ呟いてやがる。
そのくせ顔はいっぺんたりとも変わりもせずに、ずーっとニコニコニコニコ。
ウェッ! 気持ちワリィ!
変なビョーキとかもってねーだろーな、こいつ。
そーいやこいつ、変な星で変な怪獣倒したやつは自分だ、と認めてやがったが……。
…………病気持ちじゃなくてケガかなんかの後遺症だって言ってくれよ、オイ。
「てかオマエ、さっき何っつった? 仲間? 同じだぁ?」
「はい、確かにそう言いましたけど、それが何か?
それと、私の名前はティカです、ティカ=ハイヌウェレ。
ハイヌウェレの長女、ティカです。名前をお教えしたんですから、名前で呼んでほしいんですけど」
「てめぇなんざ『おいオマエ』でジューブンなんだよ、うだうだ言うんじゃねぇ!
っなことよりもだなぁ、オマエみたいな中古品と、オレサマを同一視なんかすんじゃねーよ!
ふざけてんのかテメェ! オマエはチューコで、型遅れで、オレサマは最新式。
わかる? ……おい、わかるかっつって尋ねてんだろーが!
答えろや、それともオレサマの言う事理解できねーのか、あぁ?」
クソックソックソッ! オレサマの事をナメてやがるだろこの女。
……ザ・ケ・てんじゃねぇ!
オマエなんかと同一視なんか、されたくねーっつーの。
にしてもコイツ、オレサマがこんだけ言ってもまだ笑っていやがる。
不気味さ通り越して、いっそ清々しいくらいだ。
こんなのがオレサマと同じ強化人間だと?
アホか、そんなの願い下げだっつーの。
「オマエのよーな出来損ないも戦争に借り出すってーことは、よほど無能揃いなんだな、えぇ?
それともあれか? その胸で上司にでも取り入ったってところか、旧式バカ女。
よかったなぁ、人並みな見た目しててよぉ! それで不細工だったらオマエ、いいとこナシじゃねーか。
ま、オマエみたいな頭がパーなやつを気に入る上司ってーのも、よほど無知無能なヤツなん――」
「――何と言いましたか?」
「人が話してるときに割り込んでくんじゃねーよ!」
なんだこいつ、今までへーぜんとしてやがったのに、突然立ち止まりやがって。
ワケわかんねーやつだ。
「さっきの謗り……私の師であるウルリッヒ=ガフ特務大佐に対してですか?
それとも、私の造り主であり、このアムステラに多大な貢献を及ぼした、アドニス=アハレイ氏に対して?
あるいは――――私、ティカ=ハイヌウェレの主人であらせられる、ユリウス=アムステラ様に対して?」
「ケッ、大それた人名並べりゃオレサマが怖気づくとでも思ったか、中古女。
つーか生まれたてのオレサマがそんな名前のやつら、知るわけねーっつーの!」
なーにムキになってやがんだこいつは。
おめーの上司がどこのどいつだろーと、知っちゃこっちゃねーし、オレサマにはカンケーねーよ。
にしてもこいつ、これでも怒ってるつもりなのか?
さっきよりは真顔っちゃ真顔だけど、まだ顔笑ってるぞ。
なんだこいつ……ヘンタイか? いぢめられて感じるやつか?
おっと、それよりも目の前にやっと検査室が見えてきた。
ったくよぉ、無駄に遠いせいでこんな変態笑い女にからまれちまったじゃねーか。
技師連中にゃ文句いってやらにゃいけねーな、おい。
「んじゃ、あばよ笑い女。二度とオレサマの目の前にくるんじゃねーぞオラ」
返事はない。つーか聞くまでもねーし聞きたくもねーわ。
こんな女なんか二度と会いたくもねーわとばかりに、開いた扉を思いっきり閉じてやった。
バタン。クソうるせぇ音。ざまぁみろ。
しっかし、あの笑い女……なんだったんだありゃあ。
あ? 何聞き耳立ててやがるんだよてめぇ、ふざけんなよ?
…………あぁ、ンな名前を名乗ってやがったな、あの女。
オマエ、あの女のこと知ってンのか? アァ?
……ハッ! あの女が傑作だぁ? バカなこといってんじゃねーよ!
それともあれか、おつむのできばえが傑作すぎるって意味かよ、そりゃー。
あー、いい、いい。聞きたいわけじゃねーよあんな電波女のことなんてな。
……って、何ぺらぺらしゃべってやがる、オラ。
ハァ? この国の重鎮に気に入られてるだぁ? ……アレで?
肉体レベルでは人類最強……っておい、それはオレサマに対するあてつけかァ?
走ったりなんだりってーンはオレサマに相応しい仕事じゃねーんだよ!
このオレサマは頭脳派なんだよ、肉体労働系と比べんじゃねえ。
つーかあの脳みそ幸せそーな女が有能……だぁ?
ンならオレサマは超・絶・有・能ってところか、ケッ。
アホらし、オレサマの前であの女のことをギャアギャア抜かしてるんじゃねー。
……って人の話を聞け! べらべらくっちゃべってんじゃねーよ、クソ袋の分際で!
結局あんのネクラ研究者のやつ、ずーっとべらべらべらべらあの女のことでオレサマに話しかけてきやがった。
ハン、何でオレサマにンなこと教えるんだっつーの!
同じ強化人間だから、ってか? 冗談じゃねえ、あんな中古品と一緒にするんじゃねーっつーの。
つっても、あいつが一方的に話しかけてきた内容にも、割と愉快な部分があった。
その内容を思い返すと思わず笑いがこみ上げてくるほどだぜ、ケケ。
っと、あの女。やーっと出てきやがったか。
オレサマは今、あの笑い女がどれほど無能かってことを思い知らせてやるために待ってたんだが、
あの女、オレサマをこんだけ待たせやがって……これだけでもぶっ殺す理由にはなるよな、おい。
ひたすら待たせた腹いせに、ネチネチといびり倒してやる、ケケ。
「おい笑い女」
「…………目の前に立つな、とかいいながら、そっちから一方的に話しかけてくるんですね。
まあ、いいですけど……なんですか、ウドランさん。ひょっとして、私を待ってたんですか?」
「ケッ、抜かしてんじゃねーよ。いいかよく聞け、オマエがどれほど無能なやつなのかってーのをだ、
このオレサマがわざわざ再認識させてやるためにわざわざ待ってやったんだよわざわざ!
感謝しやがれよオマエ。オレサマがオマエを待った五分三十七秒は、一般人の五十年分の価値があるんだかんな」
「…………………………はぁ、それはどうも……」
「なんだ今の間は! 今の間は!」
クソ、やっぱこのアマはオレサマのこと舐めきってやがる。
不良品のくせに、ザケてんじゃねーよコラ。
「ったく……まーンなこたぁどーでもいーけどよ……聞いたぜ、お前の話。
正しくはあいつが勝手に話しかけてきただけだけどな。
オレサマから聞き出したわけじゃねーからな、勘違いするんじゃねーぞオラ!」
「……はぁ、そうですか。で、私の何を聞いたんですか?」
「何を、だとぉ? なんでもだ、笑い女。
お前が辺鄙な星でどんだけ醜態をさらしたかって事をだ。
ありがたくもねーことに、あの技師のヤローは記録されてた立体映像付きで説明しやがったよ。
だけどまー、おかげでよくわかったよ……テメェがどれだけ無能かが、な。
――――末の妹が死んだらしーじゃねーか。それも、敵陣に突っ込んでの大自爆」
「…………」
ケ、ケ。ぴたっと止まりやがったぜ、こいつ。
どーやらこいつにとって、この話はアレなよーだな。
「ほかにも色々あるそーじゃねーか。
同僚を誑かしたっつーうわさもあれば、囚われた味方を救えなかっただーとか、見殺しにしただーとかよ。
最強の人造人間だ、なんて触れ込みの割りにゃ、ひっでぇザマじゃねーか、ケッ。
叩けば他にも色々汚ねぇホコリが出まくるんじゃねーか?
オマエみてーな汚らしい中古不良品女が、オレサマと仲間だと? 同じ『強化人間』だと?
笑わせんじゃねーよ。さっさと他の姉妹ごと処分されちまえ、この出来損ないの――――」
「―ー――言いたい事は、それくらいですか?」
音もなかった。
突然目の前に紫色の眼球が視界いっぱいに飛び込んできやがった。
何のこたぁねぇ、目にもとまらぬ速さで距離をつめてきたってだけだ。
だがこのオレサマ出すら対応できない速度……だと? バケモンかこいつ。
つーかオレサマに顔近づけてんじゃねぇよ!
ほとんど目と鼻の先じゃねーかよ、おい。
「は、離れやがれこの、くそ、笑い女! 変な菌でもうつったらどーしやがる!」
ク、クソッ、この女……下がっても下がっても同じ速度でついてきやがる。
離れやがれこの痴女!
皮膚がひっついたら気持ちがわりーじゃねーか!
ろくな消毒もしてなさそうなお前なんかと、身体ひっつけたくなんかねーっつーの!
「お、おい……やめやがれ、クソッ。離れろ、離れろっつてンだろーが!
いい加減にしねーとブッコロすぞ、オマエ! いーからオレサマから離れやがれ!」
だがコイツ、人の言うことを聞きやがらねーでやんの。
オレサマが下がってるから追いかけてくるんだか、こいつが前に出るからオレサマが下がっているんだか、
だんだん分かんなくなってきやがるぜ、くそ!
しまいにゃ壁にまで追い詰められるんじゃ……。
…………なんて、考えるんじゃなかった。
ぴたり、と背中にいやな感覚が伝わる。
そいつはひやっとしていて、硬い。
壁だ。それもいつ掃除されたかもわかんねー、『かなり』汚れてそうな『気がする』壁。
「お、おい! おいオマエ、いーからオレサマの前からどきやがれ!
失せろ、消えろ、いい加減オレサマから離れやがれっつてんだよ!
さっきから顔がちけーんだよ、息が吹きかかってるんだよ、気持ちわりーんだよ!
オレサマはオマエなんかとは違って綺麗好きなんだから、オマエみたいな汚れた女の近くなんか」
「ずいぶんと、好き勝手言うのが好きみたいですね」
「……ッ!?」
な……なんだこの女。一体ドコを触っていやがる!
「な、な、な……なんだよ、も、文句があるつーのかよ……。
つーか勝手に人の身体にさわってんじゃ――――ギャアッ!」
こ、こいつ……力の限り握り締めやがって……。
つ、潰される。オレサマの股間のナニが潰されちまう!
こんなヤツの身体なんか触りたくもねーけど、このままじゃあまずい、再起不能になっちまう。
だが、だけど!
いくら殴りつけようが押しのけようが、微動だにせずにオレサマの、オレサマのものを――!
「私が劣っていると? 私が無能と? 何を言っているんですか、貴方は。
貴方と私ではそもそも比べること自体が可笑しいと気づかないんですか?
貴方は感応系に特化した特殊技能用の強化人間だと聞いています。
対して、私は反射神経、動体視力、肉体的な限界点を追及した、
あらゆる人類の肉体を超えるために造られた新人類……人を超えたものです。
……そもそも、人間の遺伝子をベースとして作られた貴方とは違い、
私はまったくの無から生まれた唯一の生命体、ネフィリムなんですよ。
たった今、貴方を肉体的に圧倒しているように、特定の分野においては貴方なんて足元にも及ばない。
そう……その気になればいつだって貴方を『潰せます』から」
「――――ッッッッ!!」
「それにですね、そもそも先に作られたからといって、それが性能が低いだなんてことはありえませんよ。
……貴方は、貴方よりも後に作られた強化人間に『お前は俺より劣っている』といわれても平気ですか?」
平気なわけねぇだろ。
そうコイツに言いつけてやりたい。
だけどこの女、さっきからオレサマに『反論するな』といわんばかりに股を握り締めてくる。
それもただ潰そうとしてるんじゃねえ!
思いっきり潰れる寸前まで握ったかと思えば、指先で根元やら先やらをなで上げるようにこすり付けてくる。
かと思えば今度はねじりあげて千切りとろうと、絶妙な力加減で締め上げてくる……。
クソッ、この……この……痴女が!
「貴方は人の頭蓋骨を素手で潰せますか?
貴方は人の数十倍の速度で駆けることができますか?
貴方は何百という人間を、『解体』することができますか?」
「――――ッ、し、知るか……ヒッ!」
怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い。
なんなんだコイツは、なんなんだコイツは、なんなんだコイツは!
コイツは、コイツは、コイツは――
「貴方は日にどれくらいの鍛錬をつめますか?
どれだけの知識を蓄えつつ、その練度を高めることができますか?
少なくとも『私達』は、貴方なんかとは比べ物にならない速度で、高みを目指すことができますよ。
記憶を完全共有し、姉妹達すべての五感を常時に感じ取ることができる私達は、
貴方が寝て、食べて、鍛錬して、遊んで、研究材料にされ、たとえ女の子と臥所をともにしているときにも、
私達は戦術を磨きながら、機兵術を高めながら、殺しながら、研究材料にされながら、そしてあのお方に抱かれながら、
そのすべてを同時に学び、感じ、体感するとることができるのです。
一にして全、全にして一である『私』と、短い手足と小さな身体しか持ち合わせない貴方を比べなるなんて、
愚か以外のなにものでもありませんよ……。
『中古品』が『最新型』に劣る……勘違いも甚だしいですよ、ウドランさん」
今、オレサマの目の前には一匹の化け物がいる。
――――コイツは、獣だ。
――――紛れもない、獣の化身だ。
「それに、たとえ貴方が私より優れた能力を持っていたとしても、私は瞬く間に貴方を超えれます。
けれど、貴方は決して、私を超えることはできない。絶対に、絶対に、絶対に。
たとえ貴方のほうがどんなに優れていたとしても、たとえ貴方がどんな高みに佇んでいたとしても、
私が感じ取る膨大な時間と膨大な経験は、努力と経験と人の何十倍もの密度によって、
貴方のその小さな時間をたちどころに凌駕し、淘汰し、圧倒し、貴方のすべてを潰せる、そう宣言しますよ」
「な、なにを……クッ、い、いってやが――あ・が!」
「私が貴方に劣る。なら、『今』証明してください」
「――――――ッ」
抵抗は――――い、がががががが!
痛い、痛い痛い痛いイタい痛いいたいイタイいたいいたいいたいいいい!
潰れる、オレサマのものが潰されてしまう、オレサマが潰されてしまう。
オレサマが潰れ――なんで、オレサマが潰れるんだ。
ああでも潰れる、潰れそうだ、潰れてしまえ。
潰れてしまって、オレサマを早く開放してくれえええええええ…………。
「はう! ひあ……はっ、はぁ…はァ…………」
「……所詮貴方は、誰かに仕えてもない。道具ですらない。
そんな貴方では、『絶対』に私には敵わない……無様ですね、貴方は」
ふっ、と股座の感覚がなくなった。
潰されたか、もぎ取られたか……違う、締め付けるのをやめたから、だ。
だが安堵するのつかの間、股を、太ももを、身体中を這い回る指の感覚に、再び怖気が走る。
なん、だ――なんのつもりだ、コイツは。
何をしやがるんだ、とキッと睨みつけてやろうとクソ女と目を合わせたが、この野郎……笑っていやがる。
今度こそ、このオレサマをあざ笑っていやがる!
と、やつの目がちらり、と左を向く。
なんだ、誰か人でも来やがったのか、とオレサマも上半身を無理やりひねって振り返る。
が、見る限り誰もいやしねぇ。ったく、紛らわしいことやってんじゃねーよ。
今度こそ、コイツを睨み付けてやる。そう決意したオレサマは、再び視線を戻そうとして――――
――瞬間、噛み付かれた。
「ひ、ぎゃ、あ、あ、あ!」
舌が、唇が、歯が、オレサマの首をなぞっている。
べろり、舌が首から下へ、下へと伸びて首の付け根にまで伸びたかと思えば、
今度はぞぞっとなぞりあげてねっとりと、ゆっくりと上へと昇り唇が耳たぶを食む。
その感触が、キモチワルイ。
うがいもしてなさそうな舌が、いつ磨いたかもわからねぇ歯が、目に見えない細菌が付いてそうな舌が、
他人が、他人の粘膜が、オレサマに、オレサマに、オレサマに……。
「うあっ」
耳の穴に舌をねじこんできやがった。
飛び退こうと、押しのけようとしても、押し付けられた身体と壁がそれを許さない。
動けない。
ピクリとも逃げれない。
ただぴちゃぴちゃと、舌が鳴らす水っぽい音と布のこすれる音、この女の息遣い、そして……。
……カチカチと鳴らす、オレサマの歯の音だけが、耳に届く。
「ひぃ……やめ、やめてくれ……やめてくれよ……やめろって…っ! …言って……」
「……っ……。……他人が、怖いんですね、貴方は」
耳朶から舌が引き抜かれる。だけどオレサマは安堵しない。
次に何が待っているかが判らないからだ。
「汚れるのが嫌いですか? 汚いのが嫌いですか? ずいぶんと潔癖症なんですね貴方は。
人ではないのに生意気ですね、貴方は。まだ人の分際のつもりなんですね、貴方は。
私は『あのお方』のためでしたらなんだってできますしどこまででも汚れれます。
だのに貴方は、怖い怖いとそこで縮こまって震えてばかりいるんですね、ココは大きくしてるのに。
このまま、私が貴方を汚せるだけ汚しきったら……どうなってしまうんでしょうね、ウドランさん」
「う……お、オレサマを、脅してやが――やめろ、さわんじゃ……さ、触らないでくれ!」
「あらら……元気ですね、ふふ。まだまだ抵抗する気概があるようですし……。
今ココで貴方を、徹底的に潰してしまうのも、一興かもしれませんね。
まあでも、貴方はあのお方の手ごまになる可能性もあるわけですし……見逃してあげても、いいですよ?」
そう言いながらも、全然逃がすつもりがなさそうな唇がオレサマの首筋に吸い付き、指が全身をなぞる。
こ、この女……オレサマにバイキンを……バイキンを……。
「もしも、だけれども……いつかユリウス様の命令があれば、
あるいは許可が下りれば、ですけど、貴方と『遊んで』あげますね…フフ。
潔癖症な貴方を、汚れたくない貴方を、私がめちゃくちゃにしてあげますよ。
貴方の自尊心も何もかも、私が徹底的に犯してあげますよ。
だから、もし、それが嫌なら私の目の前には立たないように、今後は怯えながら過ごすことですね。
もっとも――――もうすでに、たった今私に汚されちゃってますけどね、貴方は……
よく覚えておくことですね。
私はいつでも貴方を『壊せる』。
私はいつでも貴方を『汚せる』。
許可さえいただければ貴方の何もかもを犯して、そして殺す、と」
どろっと、身体の一部に嫌な感触が伝わる。
それを最後に、オレサマは、真っ黒な大穴に落ちていく感覚を味わいながら――
――――崩れ落ちた。
「……じゃあ、さようなら、ウドランさん。
お互い、もう二度と会わないことを願いましょうね。
……もっとも、貴方がもし『優秀な性能』を見せるのであれば、私は……。
全力を持って、貴方を叩き潰しにかかりますけどね……私と、私の姉妹全員で」
気持ち悪いことをした。自分でもそう思う。
まさかこんな低級な性能しかもたない愚図に、私の唇を触れさせたのは、間違いだったかもしれない。
だけど、この男を早めに潰しておいたほうがいい、そう『私』とアドニス女史が判断したから、やった。
さきほどから、あの男の汗の臭いが身体に染み付いた気がして気持ちが悪い。
アレで潔癖症? 冗談ね。あれだけ脂汗を流しておいて綺麗好きだなんて、とても信じられない。
それに汗だけじゃない、指先にもあの男の汚らしい体液が付いている。
服からにじみ出た『ソレ』は直視したくもない。早く部屋に戻って洗い流したい。
これがユリウス様のご寵愛によるものであれば、むしろ私は誇らしいものと捉える。
けど、あんな男のものだなんて……おぞましいだけだ。
中途半端に人間の部分を残している化け物なんて、ただの半端ものだと私は思う。
まさかあんなものがユリウス様のお目に留まるとは思わないけど……私は、徹底的に潰すことにする。
ユリウス様に寝物語に聞いた話だと、あれと同時に造られたモノはあと二体いる、と聞いている。
そしてその強化人間たちで一つの部隊を成す、とも。
ならば、部隊のうちの一人を使い物にならないようにすればどうなるか。
特にそのうちの一人を、私に対して『のみ』恐怖を感じる足手まといとかせば、どうなるか。
答えはヒトツ、決して私達には敵わない、されど他には脅威となる部隊の完成。
ユリウス様の手ごまとしては働いてもらわないといけない。
けど、決して私達よりも上位の存在には決して……させない。
あのお方のお側に控えるのは私達だけで十分。
それが、アドニス女史と私の出した結論。
そう……あのお方のお側に仕えるのは私だけ。
貴方達には、決して譲らない。
ウドラン、私が今日与えた恐怖を、精々その醜く太っている身体の奥底で実らせてなさい。
私は決して、貴方に芽生えた恐怖の実を、刈り取ってなんかやらない。
貴方を汚した私のように、私を穢した貴方を許す気には、なれないから。
貴方はそのまま私に怯え、他の二人の足を引っ張ってくれることを願いますよ。
貴方を餌に、他の人たちを蹴落とすつもりなんですからね、坊やちゃん。
ああ、やっと部屋が見えてきた。早くこの不快感を洗い流してしまおう。
願わくば、今宵だけはあのお方の夜伽に呼ばれないことだけを願いながら、私は扉を開いた。
あの男の感触が残る身体で、ユリウス様に抱かれることだけは、死んでもごめんだから。
そして、数時間後。
全身からありとあらゆる汁を垂れ流したまま、泡を吹いて気絶しているウドランの姿を……、
……イオが目撃していた。
END