未確認動物部隊UMA テスト3
『フェイスレス』
全世界、どの国にも属する事なき謎の武装組織。
その活動内容は、極秘裏に入手した情報を事前に各国に通達し、テロを未然に食い止める。
民族紛争に介入し、民族浄化の名の下に行われる一方的な虐殺を、実力を持って全力の元に阻止をする。
軍に切り捨てられた、敗残兵達の撤退援助をする等エトセトラエトセトラ・・・・・・。
彼らの活動は、それこそ多岐に渡っている。
メンバーは主に、元戦災孤児や軍に見捨てられた敗残兵などの、戦争被害者で構成され。
部隊内には基本的に階級そのものが存在せず、各々の事は『同志』と呼び合う。
なお、所属する者達の名前は全て、コードネームないし偽名である。
湯気が立ち上る、真っ黒な液体の入ったマグカップを片手に。大柄な男が、薄暗い通路を悠然と歩いていた。
通路が徐々に明るくなって行き、ついには煌々とした光が降り注ぐ大広間に辿り着く。
大広間には、整備服を着込んだ男たちが忙しなく動き回り、叫び声と怒号が所々で響き渡っている。
男は、整備服の男達の中心に白衣の男を見つけると、つかつかと対象の男を目指し歩き始めた。
「如何ですか博士、調子の程は?」
ハンガーでテスト機の調整をしている白衣の男に、珈琲の差し入れがてら男は、作業の進み具合を聞いてみる。
男の瞳に映る、巨大な兵器がふたつ・・・・・・。
かたや爬虫類にも似た外見で、四肢があるにはあるが、口元からは鋭い牙が無数に張り出し。
手足にあたる部分には、指が三本しか存在しない。そして指にはもれなく、刃物の如き爪が爛々と光輝いていた。
かたや、四肢どころか頭部も両腕も無く、なんとか両足が確認できる程度の不可思議な存在。
両の肩とおぼしき部分には、全長と等しいほどの巨大なバインダーが取り付けられ。
胸部の巨大な二つの瞳が赤々と、目の前の男を見据えている。
「ボチボチかな〜。ヒマがあれば、ちょいちょい調整はしておいたしね」
男の問いに、こちらを向くでもなく、作業の手を緩める事も無く、飄々と答える白衣の男。
博士が眼前の制御パネルをせわしなく動かすと、画面には無限にも思えるような量の、文字と数字が踊りだす。
この男以外、読むことすらもままならない、不可思議な言語だった。
「そうですか・・・・・・。しかしまあ、こちらの二機も。ビッグフットに負けず劣らず濃いですね」
男は、博士の反応など気にするそぶりも無く、己の見たまま、ありのままの言葉をこぼす。
彼のその率直な意見や感想は、以外にも白衣の男にとって重要な事であり。何か思う所があると、
男の意見を訊きに、わざわざ私室へと足を運んでみたりもする。
経歴も実力も抜きで、ただ目の前の事柄について純粋な意見を述べる男の存在は。
博士の作品の指針を決めるのに、欠かせない存在なのである。
それが、傍から見る者にとっては、さしたる違いが見受けられなくとも。彼にとっては重要なのだ。
「そうかい?大佐殿は、あいも変わらず慎ましい事で。コレくらいわかりやすい方が良いのさ。色々とね」
大佐の感想に対しての返答をしながら、博士は機械に備え付けられたキーボードを打ち鳴らす。
再び画面上に躍り出る、記号の嵐。男はそれをすくい取るように、様々な形へと組み替えて行く。
博士は、大佐の左手に携えられたマグカップを、前動作を微塵も見せずに引っ手繰ると。
珈琲をさして味わうでもなく、『ぐびり』と飲み干した。
「そんなものですかね・・・・・・」
手持ち無沙汰になった左腕を、空中でプラプラさせながら。大佐はひとりごちた。
目の前の男の趣味思考など、出会った頃から理解不可能だと、幾度も思いしらされている。
が、常人で無いからこそ、彼が今の存在足りえた訳であり。自分の様な戦争屋が踏み込むべくもない。
奇怪なこの姿も、この姿でならなければない理由があるのだろう。
「大佐殿は、今のままの感性で良いと思うよ?全ての事柄を知ろうとするのは、古くから根付く人間の業だね。
この世の全てを知ろうだなんて、おこがましい禁忌の裾に踏み込むのは、僕の様な人種だけで十分さ」
戦争屋は戦争屋らしく、科学者は科学者らしく、自分の範囲で生きろという事だろう。
普段が普段なので、正直のところ内心アレではあるのだが。その言葉には、不思議な説得力がある。
「さてっと・・・・・・調整も殆ど終わったし、頃合かもしれないね。行こうか大佐殿、僕の予想が当たればそろそろだ」
大佐の頭上に疑問符が、ピコンと浮かび上がったところで、ハンガー内の隅々までに鳴り響く音声。
その声は、博士と大佐をミーティングへと誘う声であった。
大佐は、博士の言葉の真意を知ると。そちらの予想か・・・と、己の内でひとりごちた。
「それでは、行きましょうか博士」
博士の後始末が終わりを告げると、黒衣の男と白衣の男は連れだって、ハンガーを後にした。
帰り途中で会う整備班の男達は、白衣の男達に気付くと作業を止め。各人、思い思いの挨拶をする。
二人は、男達に対してひとつも欠かさずに挨拶を返すと、大佐が出てきたあの薄暗い通路へと戻っていった。
二人の男の鳴らす靴音が、薄暗い通路に響き渡る。その音は通路内でハウリングし、幾重もの足音へと変貌する。
まるで、男達の背後に何十人もの亡霊が追従するように。
気が遠くなるくらい、それこそうんざりする程までに長い通路を右往左往し、二人は目的の場所へと辿り着いた。
扉を開けると、召集されたメンバーはすでに全員集まっており。どうやら男達が最後のようだ。
すでに集まっていたメンバーの一人から、『おーそーいー!』と遅れてきた男達をちゃかした声が上がる。
「まったくもう。博士の遅刻病が、大佐にも感染したようですね」
部屋の前方に備え付けられた、ホワイトボードの前に立つブロンドヘアーの女性からも、厳しい叱責が飛んできた。
博士の補佐であり、実力的な意味で部隊の支配者と言っても指し違いない、メアリー女史である。
彼女のその、鋭くも麗しき眼光と。えもいわれぬ凄みの利いた、美声の前では大佐も博士も。
ただ謝罪するほか、選択肢は残されていなかった。
「それでは今回のミーティングを始める前に、この部隊の最高責任者である、ユーマ・ヤオイ博士から一言。
お言葉を頂きたく思います。博士、博士!人の話をお聞きになってますか博士!?」
部屋に持ち込んだ端末を、せっせと弄っていた博士は。メアリーに突然名を呼ばれたせいか驚いた顔をすると、
仕方ないねといった動作で席を立ち、途中机の角に足を引っ掛けながらも、すたすたと部屋の最前列に躍り出た。
「えー、前にも話したと思うけれども、我々『UMA』の活動が正式に始まりました。はい!後は、メアリーさんお願い」
投げっぱなしのその言動は、先程までハンガー内で会話していた男の言葉に、含まれていた力は微塵も無く。
今来た道を、さっさかさっさか後戻り。自分に用意された席へと、再び舞い戻る。
博士の顔には、俺はやり遂げたぜー!的な。自分の仕事はもう終わりましたぜ的な感じの、満足感で満ち満ちていた。
博士の隣に立っていたメアリーは、右手で瞳の辺りを覆い。やれやれといった表情を浮かべるも、
すぐにいつもの凛とした顔へと戻すのだった。
「まず皆様に、伝えておかなければならない事があります。同志からの情報により、あと数日間の間にも。
現在地の最も近くに存在する某国と、異星人が率いる侵略軍との、大規模戦闘の可能性有りとのことです。
我々は、この戦闘の結果によってではありますが、某国軍の支援をせねばなりません。
対するの異星軍の規模から察するに、敗北は必死でしょう。彼等の撤退戦の援護が急務でしょうね」
メアリーは説明をしながら、備え付けのホワイトボードにペンを走らせる。
数分後には、次の戦闘で関係あるであろう各軍の勢力図が、ボードの全体に描かていた。
「先生!質問があります」
席の中段に座っていた少年が、メアリーに向けて手を上げる。
「はい、なんでしょうサノス君」
質問を促された少年は、すっと立ち上がると。己の疑問を素直に発言した。
「敵勢力の兵器は、どのような構成なのですか?」
「良い質問ねサノス君。対象の異星人が使用している巨大人型兵器は、多数確認されていますが。
まず、大佐が先日交戦した羅甲(ラコウ)と呼ばれる、今までの戦闘で最も多く確認されている機体がひとつ。
この羅甲と呼ばれる機体は、敵の勢力内での量産機タイプで、様々なバリエーションが存在しているようです。
用途によって、兵装を使い分けられる強みがある訳ですね。たかが量産機などと、侮なかれです。
そして、援護射撃などの後方戦闘が主な目的と推察される、重装備型の機体。雷殻(ライカク)
こちらは、羅甲に比べあまり数は多くありませんが。その重装備から繰り出される火力は、脅威の一言。
特に、両肩の砲身から放たれる、高出力なビーム兵器には、十分に注意を払ってください。
更に、そのビームを小型の支援兵器を使役し、角度を変えて撃ち出すなど、我々の技術の数段上を行く存在です。
最後に、獣を模したその形状ゆえの敏捷な動きが、最大の持ち味とされる咆牙(ホウガ)
この機体の最大の特徴とも呼べる、その獣の様な特有のフォルムは他の機体と一線を画し。
素早い動きで獲物を駆逐する様は、まさしく獣。この機体のスピードにも注意せねばなりません。
最も配備されている数が少ないのが、せめてもの救いですね。
以上のこの三機が、今回相対する敵勢力の主だった兵器と、フェイスレス情報部は結論付けています。
・・・・・・理解できましたか?サノス君」
「はい先生、理解しやすい説明をありがとうございます」
「よろしい、サノス君は博士と違って良い子ですねー。さて、他に質問がある方は居られますか?」
素直な生徒を持つと、先生は幸せだわといった表情で。質問者を褒めるメアリー。
いつも補佐している大人が、まったくもってアレなので、余計にその差が大きいのだろう。
「メアリー女史、私からもひとつお尋ねしたいのですが。交戦ポイントと思しき、区域の情報をお願いします」
次に手を上げたのは、大佐であった。
「はい、現在フェイスレス情報部や、同志の調査によって。交戦しうると思われる区域は、複数に絞られています。
この場所と、この場所。そしてこの辺りと推測されていますが。特に可能性が高いのは、この区域ですね」
メアリーはホワイトボードを裏返すと、裏面に貼り付けられていた地図をペンで差し、
予想交戦ポイントとおぼしき場所に、丸を付け始める
「遮蔽物があまり多く無く、典型的な平野に近い場所です。山岳部で異星人を迎え撃つ事も予想されていますが。
某国軍が保有する兵器から考えると。不利になる可能性がある、山岳部が戦場となるのは考えにくいでしょう。
注意するとすれば、対象の区域は地面の土質が、砂地に良く酷似した構成をしていますので。
気候とあいまって粉塵が非常に昇りやすく、有視界戦闘の際に支障があるという事でしょうか」
「さすがですねメアリー女史。いつもながら貴重な情報、ありがとうございます」
その理解しやすく、重要な箇所をかいつまんだ説明は非常に助かる。
おそらく事前に、重要な情報は全て頭に入れてあるのだろう。でなければこうまで、スラスラと言葉は出てこない。
彼女が博士の補佐で良かったと、大佐はもはや何十回目だかわからない、感謝の言葉を述べるのだった。
「はい大佐、お褒め頂き光栄です。えー、他に質問がある方は遠慮なく仰ってくださいね」
「大丈夫よメアリー。博士の秘密兵器もある事だし。アタシ達なら余裕よ、ヨ・ユ・ウ。
アムステラだか、アムステルダムだか知らないけど。あんな奴等、小指の先で『ぷう♪』してあげるんだから」
少年の隣の席に座っていた、彼と瓜二つの容姿を持った少女が、頬杖をしながら口を開く。
その、余裕しゃくしゃくと言わんばかりの面持ちは、明らかに異星人を舐めきった態度であった。
自分の言葉を体言するが如く少女は、己の右手の小指だけを立てると。指先に向かって息を吐き捨てる。
「慢心や油断は死を招くって。いつも大佐が、口酸っぱく言ってるじゃない姉さん・・・・・・」
「うむ、サノスのいう通りだな。戦場では何が起きるかわからないぞセレス。
例えば、俺の機体の拳が間違って。背後で待機していた、お前さんの機体に当たるかもしれん。
こんな風にな。この世の中、何が起きるかわかんものだ」
そう言いながら大佐は半身分を捻ると、後ろの席に座っていたセレスの頭をコツンと小突く。
大佐の冗談めかした説教とともに、部屋に湧き上がる幾重もの笑い声。
「まあまあ大佐殿、頼もしい限りじゃないか。それに子供は、コレくらい元気な方が良いよ」
後ろで、端末を弄っていた博士から出される。少女に対しての助け船。
ただし、発言者が発言者なので。彼の言葉はいつもの様に、華麗にスルーされるのであった・・・・・・。
数分後、ミーティングはつつがなく終了し。ある者は食堂へ、ある者はトレーニングルームへ、
ある者は自室へといった感じに。参加者は各々、思い思いに部屋を後にする。
部屋に残されたのは、ホワイトボードに貼られた地図をじろりと睨む、黒衣の男のみだったが。
残った男も、数十分後には地図から視線を外し、部屋を出て行った。
数日後・・・・・・。
「セレス、何度言えばわかる!お前は前に出過ぎなんだ、少しは自重しろ!
サノス、お前は逆に腰が引け過ぎてるぞ!フォワードなんだから、もっと積極性を持て!」
室内に響き渡る、男の怒号。ここは、UMAの旗艦『UFO』の内部に設置された、擬似戦闘室。
憤怒の表情を浮かべた大佐の視線の先には、ユーマ・ヤオイ博士キモ入りの特製装置の中部で。
幻影相手に、悪戦苦闘する双子の姿があった。
「アタシも兄さんも、一回も当たってないし。別に少しぐらい陣形崩れても、いーじゃん大佐ー!!」
大佐の怒号に怯む事も無く、装置の外に飛び出し。男に向かって不平不満を述べる少女。
確かに現在のシュミレーション上では、二人は一度も被弾せず好成績を収めていた。
双子特有の恐ろしいまでに息の合った、素早い連携から繰り出される波状攻撃は。
百戦錬磨の大佐の目から見ても、十分な武器になると思えるほど卓越したものであった。
しかし、画面上に残された最後の敵機を撃墜する際。二人は合図も無しに、自分達のポジションを入れ替えた。
大佐は、その行為について怒りを表しているのだ。
「結果が良ければ、全て許されると思ったら大間違いだセレス。今のはあくまでも、訓練上の結果でしかない。
実際の戦場で同じ事が出来ると思うな、罰としてあと10セット追加だ!」
少女はうへーっとした表情を浮かべると。恨みがましい瞳で大佐を見つめたまま、渋々装置の中に戻っていった。
「ははは、相変わらずのスパルタっぷりだね。形相がまるで、オーガのようだよ大佐殿」
訓練室の入り口から、半身を乗り出した体勢で。語りかけるは装置の製作者。
「ちゃかさんでください博士、訓練が厳しいのは当たり前の事です。
手を抜けと言われても抜きませんよ。自分は二人を、むざむざと殺させる訳にはいきませんからね。
優しさなんて物は、この部屋に入った瞬間から、外へ置き去りにしてきました」
だが、1万回の電子内模擬戦より、1回の実戦だ。得るモノの質が遥かに違う。
訓練が悪いと言うのではない。練習は、鍛錬は、研鑽は、この上なく大事な事だ。
極論、戦場では究極の二択の中に常時晒され続ける。すなわち『生きる』か『死ぬか』の瀬戸際の繰り返し。
己の機体の特性も知らずに戦場に出るなど、殺してくれと懇願するようなものである。そんな輩は願い下げだ。
しかし、電子世界の中でどれだけ常勝無敗を誇ろうとも。それこそ、勇名はせた名パイロットでさえも、
実戦での一度被弾で、容赦なくあの世行きなのだ。『自分だけは大丈夫』など、甘い幻想以外の何物でもない。
死神の鎌は無慈悲なまでに、戦場にいる全ての者の首を平等に刈るべく、手薬煉ひいて待ち焦がれている。
「よーし、午前の訓練はここまで!いつ何時、戦闘が開始されるか分からないからな。
二人とも自室に戻り、休養をしっかりと取って置くように。以上解散ッッ!!」
午前の訓練工程を全て終了した双子は、連れ立って擬似戦闘室を後にした。
部屋に備え付けられた時計の針は、10時を指している。本来ならばまだ、訓練の真っ最中ではあるが。
大佐の言葉通り、戦闘が何時始まるか分からない。非常に不透明な状況であった。
「大佐殿、やっぱり次の戦闘では『ミスト』を使うのかい?」
擬似戦闘装置の後片付けや、書類の事後処理に追われる大佐の背中へと、投げかけられる博士の言葉。
大佐は片付けの手を緩める事なく、声をかけた者へ答えを返す。
「ええ、そのつもりです。利用できるものは何でも利用しませんとね。まったく、お守りは大変です。
撤退する軍隊への、説明と誘導は頼みましたよ。敵と勘違いされて、後ろから撃たれてはかないませんからね」
フェイスレスの戦闘行為において、最も多いものが。敗走する軍への撤退活動の援護なのだが。
情報が相手に行渡っていない場合に、注意せねばならないのが援護すべき側からの攻撃だ。
相手からすれば、突如目の前に敵の増援が現れたと受け取っても仕方が無い。
極限の状況下では、味方であるはずの相手すらも敵に変わってしまう。それが最も恐ろしい。
そうなれば、撤退活動は遅延の一途を辿り、本来の作戦目的から逸脱してしまう事もある。
作戦前に、最重要で行わなければならない事は意外にも、根回しの類なのだ。
「はいはいはい。そちらの下ごしらえは既に、有能な補佐様が準備済みだよ。頭が上がらないね、まったく。
・・・・・・そう言えばこの前、戦場について質問してた様だけれど、何か気になる事があるのかい大佐殿?」
先日のミーティングで、大佐が戦闘予測地について質問していたのが、気になっていたのだろうか。
博士はいつもの、悪戯好きな子供の様な。不敵な笑みを浮かべながら、眼前の大佐に問う。
「ええ、生憎と自分は博士の様に。頭脳労働向きの脳味噌を、持ちあわせておりませんのでね。
出来るだけ重要な情報を、頭に入れておきたかったのですよ。『ミスト』を使用するかもしれませんし」
「そうかな〜。大佐殿は意外とコチラ側の人間になっても、大成しそうだけどね〜。
ついでと言ったらなんだけど、一番良いタイミングで放てる様に、メアリーさんに頼んでおくよ。
2番パネルが赤になったら撃ちごろさ。あの子達にも一応、伝えておいてくれ。
それと帰還したら、例のアレのデータ結果もお願いするよ・・・・・・それじゃお疲れ様、大佐殿」
自分の用件を、伝えるだけ伝えると白衣の男は。片付けの手伝いもせずに、部屋を出て行った。
「こちらの考えはお見通しか・・・まったく、人が悪い」
大佐が、人の頭の中を見透かす様な博士の言動に辟易していると。一人の男が音も無く、大佐の後ろに現れた。
その鋭い眼光は鉛色の光に彩られ。油にまみれた故の、本来の色を推察できぬほど変色した作業着を身にまとい。
顔に無数に刻まれた深い皺と、白色と化した体毛が。男が大佐よりも、遥かに年上である事を物語る。
「さて大佐殿よ、注文はあるかね?」
男の口から紡ぎ出された言葉は、単純明快。必要な事意外は含まれておらず。
ともすれば、そのぶっきらぼうな言動は。相手に恐怖を与えても、おかしくないものであった。
「うお!・・・・・・ナナホシのとっつあんですか、驚かさんでくださいよ」
背後から予想外の声をかけられ、男は思わず驚きの声を上げた。
戦争屋となってから、背後を取られる事に。生理的な嫌悪感を覚えて年月が経つが。
このナナホシと名乗る老人は、武道の達人もかくやといった感じで、易々と大佐の背後を掠め取る。
「驚くのはヌシの勝手じゃが、ワシにも仕事があるでな、質問にはさっさと答えろ」
首をコキコキと左右に振りながら、『ナナホシのとっつあん』と呼ばれた老人は。
大佐に向かってなおも再び、不遜な言葉を投げかける。
「わかりましたよ、とっつあん・・・・・・。次の戦闘で使う兵装は、Aセットでお願いします」
「Aセット・・・・・・ちゅうとアレか、追加装備は何も無しの奴か。てっきり、Bセット辺りと思っとったが。
なら、今すぐドンパチ始まっても、別段問題なさそうじゃて。しかし何も無しとは、お前さんらしいの。
・・・・・・しかし、あの小僧め。次々と面倒臭いモノをこしらえおって。整備する側の事を全く考えとらん」
老人は、険しい表情を浮かべたまま。誰も居ない空間に、ブツブツと呪詛の如く文句をこぼし始めた。
「まあまあ、とっつあん達の腕を信頼しているからこそ。博士も新兵器の開発に専念できるんですよ。
それに、とっつあん意外に誰が、整備班を引っ張っていってくれるんですか」
眉間の皺がより深くなり続ける老人に向かって、大佐が考えうる限りのフォローをし始めたその時。
室内に、けたたましく響き渡るサイレンの音。その警戒音は、件の戦闘が始まった事を知らせる合図であった。
「始まりやがったか!とっつあん、自分はもう行きますんで。機体の件、ありがとうございました!」
「阿呆!ヌシが生まれる前から、スパナ握っとったワシが。小僧の機械人形に遅れをとるか!
ヌシに礼を言われんでも、キッチリカッチリ仕上とるわい。好きなだけ壊して来い!!」
大佐は後ろから飛んでくる怒号を、背中で聞きながら。目的地に向かって疾駆する。
とっつあんは、ああ言うが。実際に壊してきたらどやされるだろうなあと、心の中で思った。
相棒のマーベラスな装甲を、信頼していない訳ではないが。この際、四の五の言ってはいられない。
いよいよとなったら、壊れる前にとんずらしよう。
「某国の軍隊と異星人との大規模戦闘が、今しがた開始されました。
現在は開戦直後という事もあり、戦況は拮抗してはおりますが、状況が何時変わるか分かりません。
パイロット各員は速やかに乗機へ搭乗後、弾薬類の充填が済み次第、旗艦底部より発進。
予定ポイントに落下後、所定の位置にて別命あるまで待機。繰り返します・・・・・・・・・・某国・・・・・・」
己の分身とも呼べる機体へ乗り込み、瞳を伏せたまま艦内に鳴り響く通信に、耳を傾けていた大佐は。
通信の言葉が途切れると、カッと瞳を見開き息を吸い込むと。通信用のレバーをオンにする。
「聞こえたか餓鬼ども!今日はお祭りだ。せいぜいめかし込んで、お客さんを驚かせてやんな!!」
格納庫に聳え立つ、ビッグフットの機内から、響き渡る戦いの銅鑼・・・・・・。
「りょーかーい!相手の殿方は、どんなドレスがお好みかしらね?」
モスマンから流れ出す、時計塔の鐘の音・・・・・・。
「それと、お腹一杯のご馳走でお出迎えしなきゃ。楽しんくれると良いね、姉さん」
チュパカブラスの周囲に舞う、ブリキ玩具のマーチ・・・・・・。
幾重にも重ね彩られた、無機質な電子機械音が。ハンガー内部に荘厳な、戦争音楽を奏でだす。
勝利の凱歌か、死者への手向けの鎮魂歌か。現時点では、誰も伺い知る事はできない。
その回答は、戦場に舞い降りた軍神のみぞ知る・・・・・・。
空飛ぶ円盤から舞い降りた怪物三匹は、戦場を見渡せる小高い丘に陣取った。
目の前に広がる広大な荒野に繰り広げられる、互いの生き残りを賭けた壮絶な闘争行為。
大佐も久しく目の当たりにした事も無い程の、大規模な戦闘であった。
双方の兵器数共に凄まじいが、一歩も二歩も科学力に劣る地球の兵器では、いつ戦況が変わるか分からない。
「おっぱじめる前に、作戦内容を説明するぞお前ら。まずモスマンが、ミスト弾を敵陣の先頭に喰らわせる。
霧が十分に行き渡ったのち、ビッグフット、チュパカブラス、モスマンの順に敵陣に突貫。
暴れるだけ暴れた後。頃合いを見計らって、俺達も撤退する。
・・・・・・たったのこれだけだ。俺から離れて、迷子なんかになるんじゃねえぞ?面倒だからな、真面目な話」
「ナニその発言、アタシ達を馬鹿にしてるワケ?あんな奴らアタシ達なら、全滅させてお釣りが来るわよ。ねえ兄さん?」
「うーん、大佐の言う事は真面目に聞いておいた方がいいと思うよ、姉さん・・・・・・」
とても今から戦場へと、赴く者達の会話とは思えない程の、和やかな会話だった。
しかし次の瞬間、穏やかな空間を切り裂くように鳴り響く電子音。パネルに煌めく赤々とした光。
目の前の戦場では、ついに先程までの淡い均衡が破られ。地球の軍隊が我先にと、撤退を始めている。
彼らの目に映る、逃げ惑う地球軍に猛然と襲い掛かりし、異星人の超兵器の姿。
「さてと、お喋りはここまでだ。博士からの合図が来たみたいだな・・・・・・これより、作戦行動に移る。
行くぞガキ共、狩りの時間だ・・・・・・・・・喰い散らせッッ!!」
大佐の雄たけびに呼応するように、その双胸を両の拳で打ち鳴らしながら、凄まじい咆哮を上げるビッグフット。
続いて雄たけびを上げるはチュパカブラス。瞳の色が、禍々しい赤き光に移り変わる
両肩のバインダーから発生した翅から、細かい粒子を撒き散らしながら、大空へと舞い上りしはモスマン。
徐々にその高度を一定に保ちながら、巨大なバインダーから伸びた砲身を、戦場へと向け浮遊する。
「パヒュウゥ!!」
静かな発砲音と共に、モスマンが撃ち放った弾頭は。寸分の狂いもなく、敵陣の先頭に着弾した。
戦場に突如立ち込める、砂塵に良く似た黄土の霧によって。付近一帯は一瞬にして、一色の世界と化す。
突如視界を遮られたアムステラ軍は、地球軍に対する追撃を停止せざるえなかった。
「む、スモークか!各員レーダーに映る熱源に注意を怠るなよ、敵の作戦かもしれぬ!」
「駄目で・・・す。電・・・妨害に・・・・・・電・・・機器が使用でき・・・・・・ん。旗艦・・・・・通信・・・不能・・・・・・」
「レーダーも通信も使えんだと・・・・・・一体、何が起きていると言うのだ!」
電子機器の使用不可能によって。モニター越しの有視界戦闘を、強いられているのにも関らず。
戦場中に舞い上がった塵のせいで、視界制限が加味された現状況が、更に操兵達を苦しめる。
先程までひとつの、強大な『個』として活動してきたアムステラ軍は。
一発の弾頭により一瞬にして、微細な『個々』へと分断され。最早まともな行動は望むべくもなかった。
その姿はまるで、軍行を邪魔され散り散りとなった蟻の行列の如く。
突然の異常事態に戸惑い、右往左往する獲物に襲い掛かる、正体不明の獣が三匹。
予定外の訪問者の来訪により、戦場は更なる混沌の渦へと叩き落とされ。混乱は一気に加速する。
怪物達の狩猟は今、始まったばかり。
続く