拳と出会った日
お師様・・・今貴方は何処に。
今でこそ腕も人格も称えられ拳神とまで称されているテッシンであったが、幼き頃はただの獣であった。
貧困 家族の離散 餓え 世界の不幸を一心に背負った気になっていた。
生きるためには何でもやった。生きるためには強くなるしかなかった。
故郷を追われ世間を追われ逃げ込んだ山中。
いつもより強い餓え。
そして一軒の民家を見つけた。
食料にありつける・・・ 獣の獰猛さではなく、獣の臆病さを持って生きてきた少年は家人が寝静まる夜を待った。
タタタタタ ジャッ ジャッ
音、音、音、そして熱気。
聞き慣れぬ物音に目を覚ます少年。
交錯する記憶・・・ 思い出した。
夜陰に紛れ寝所に押し込み・・・頭部をめがけて放った一閃、狙いも呼吸も完璧であった。
少年は、三日ぶりの食事の確信を持った。
しかし、その頭部への一閃は家人を捕らえることなくー
あの時、確かに時が止まるのを感じた。
寝入る老人の元へ獲物が届くその刹那、突如として少年の時は歪み、体は思うように動かず・・・そして、
寝入っていた筈の老人は何事もないように起き上がり、少年に一撃を加えたのである。
調理場と思しき場所から音が絶え、昨夜命を狙った老人は少年の居る部屋の食卓へあんを纏った野菜炒めと油で揚げた
何かを置いた。
漂う香ばしさ、そして、何よりも四日ぶりと言う事実。
空腹の少年には、もはや疑うと言う選択肢はのこっていなかった。
皿に手を伸ばした瞬間・・・ ああ、またあの歪みだ。
ピシャリと、伸ばした手を叩く老人。
「頂きますと言わんか。 アムステラ第一菜。4千年の叡智の詰まったこの料理、お前さんにはちともったいないかのう」
それが、少年と老人の生活 − テッシンと師の修行の日々の始まりであった。
戻る 〜続く〜