企業戦士安藤 

第四話 『やたら熱い職場』




「俺は実は最近の暇をもてあます状態に我慢できずに、最近の国内の兵器産業の動向について、ちょっとだけ調べてみたんだ」

俺の財布から捻出されることが決まったこの日の昼食は、何故かいつもの社員食堂ではなく、ちょっと歩いた所にある中華飯店になっていた。千百五十円の日替わり定食Cセットを二つ注文した。料理が届く前に温かい烏龍茶をすすりながら切り出した。

「というと?」

熱いのが苦手な岩田は烏龍茶には手を伸ばさない。

「作り出すものが、世界に対して大きな影響を与えかねないのが兵器というものだ。それを作る立場に戻るからには、現状自分が建っている場所をしっかりと見つめなおす必要があるんじゃないかって、クソ真面目に考えたんだよ」

「変なところで真面目ですね先輩」

「うるせー、いいから聞け」

タバコに火を点け、深呼吸するように深く吸い込む。刺さるような苦味を感じながら話を始めた。

「結論から言おう。IHIという国内でも最大規模の兵器製造会社が潰れた、だからその代わりになる会社を生み出すために国がバックアップしますっていう今の状況には疑問が残る。つーのが俺の考えだ」

「???」

「表向きにIHIという会社は確かに消滅した。だがその生産ラインの幾つかは国内の企業や、新しく作られた国営の企業によって買収され、名前を変えて今でも兵器を作り出し続けているわけさ」

「それ、マジですか?」

「マジだ。ざっと調べただけでもIHIが所有していた製造ラインや研究所の八割以上は名前を変えて今でも稼動している。つまりだ、名前と従業員の雇い主を変えただけで、兵器を作り出す場所ということには何の変化も起きていないってこと」

ちょうどトレーに乗せられて本日の昼飯が運ばれてきた。人のよさそうなおばちゃん店員がそれを二人の座っているテーブルに慣れた手つきで置いている最中は、安藤は会話を止めていた。

おばちゃん店員が伝票を置いて、テーブルから離れると、安藤は割り箸を割りつつ、話を続ける。

「ともかくだ。事実上IHIが無くなってからもこの国の軍需関係の生産量に対して変化はないのさ。海外輸出が多少目減りしたくらいだ。じゃあ、政府の連中は何故支援をしてまでIHIの代わりを作ろうとしているのか?IHIの遺産を引き継いだ国営や民間の企業で十分じゃないのか?」

坦々麺をズルズルと啜る。啜っている間は会話は止まる。喋っているのは俺だけで、岩田は相槌を打っているだけなので、食事のペース配分としては岩田に軍配が上がるはずだが、熱いのが苦手な岩田が一度にすすり上げる麺の量は少ない。

「だが、だ。IHIが無くなって一つ、どうしても取り返しの付かない分野が消失したことも事実なんだ。新兵器の開発能力。こいつがIHIの解散によってかなり痛手を受けた。政府の連中が開発を支援するのは兵器産業の活性化というより、兵器開発能力の活性化、と言ったほうが正確だろう。IHIの生産力は殆どそのまま国内に分散したが、IHIの開発力はかなり失われてしまったんじゃないか、そう俺は考えたわけだ。一つの企業で材料の鉄鉱石やレアメタル採掘から、エンジン、機体材質、電子部品、搭載兵器、自社で開発していないものを探すほうが難しいほどの企業、それがIHIだった。しかしバラバラに引き裂かれたIHIの各分野はそれぞれが別々に買い取られた。結果としては確かに、百あったモノを十ずつ十社に分ければ合計は変わらず百。しかし、百が一つで行っていた統合的な兵器開発は行えなくなった、というわけだ」

考えすぎだ、妄想もいい加減にしておけ。勝手に脳内であれこれ考えたところで、それが俺に何の関係がある?そんな声が脳内で響く。ジャーナリストにでもなったつもりか?お前の仕事は一体なんだ、と。


「…俺の仕事は」

赤い水面に浮かぶ青梗菜を箸で摘む。

「テストパイロットだ。あれこれ考える必要は無い。それはわかってる。作った物が正しく機能するかどうかを試す、それが仕事だ。そう思っていたんだ…昔は、こうやってあれこれと余計なことを考えるようになったのにも理由がある」

「昔はもっと何も考えずに仕事に向き合えていたってことですか?」

「そう、もっと素直に操縦桿を握れていた。それができなくなったのは―――おい、お前絶対誰にも喋らないって約束できるか?」

岩田は、チュルルンと麺を吸う。

「聞きましょう」

俺は摘んでいた青梗菜を口の中に放り込んで、余りよく噛まずに飲み込んだ。

「静岡研究所襲撃事件は知ってるな?」

「ええ」

アレだけのでかい事件だ。IHIの倒産の事実上の引き金となったとさえ言われる事件でもある。

「俺が、IHIを辞めようと決意したのはそれとは関係ない。契約上あの時期までテストパイロットをしなければならないことになっていてな。俺はあの事件の時、確かに静岡研究所には居たが、書類仕事に追われていたよ。意外と多いんだぜ?特に俺は退社時期が迫っていたからな、色々と整理しなきゃいけないことが色々あった」

「そういうのはどこも同じですか」

「まったくだよ。で、俺がIHIを辞めようと決意したのはそれより半年ほど前になる。後になって考えてみると、静岡の件も俺が辞める気になった件も、地続きなんじゃねぇかって思うときもある」

残った麺を一気に啜りつくす。

「静岡の事件より半年前―――俺は…俺は実戦を経験した」

会話はいつの間にか囁き合うような小ささになっていた。だが岩田の耳には安藤が発する言葉は一語一句はっきりと聞こえていた。それが驚きの内容だったからか?違う、それが真実を語る声だったからだ。少なくとも、岩田はそう確信し、聞き逃すまいと全神経を集中した。


話はIHI倒産直後より一年半ほど前に遡る。IHIを倒産に追い込んだ理由の一つである、違法な武器の販売、それを当局にマークされることになった一つの事件が発生した。

―――南ムルガ共和国、二十一世紀初頭にアフリカ西部で独立したこの小さな国は、独立戦争に際し、その豊富な地下資源を西欧諸国に優先的に販売することで、多額の支援を得ていた。そんな中、国家としてではなく、企業としてこの独立を支持し、支援を行った企業があった。IHIである。

結論から言えば、南ムルガ共和国は独立を勝ち取り、そして僅か二年余りでその地下資源を掘り尽くした。予想の半分以下の地下資源しか見つからなかったというアクシデントもあったが、IHIとその関連企業が異常なペースで資源採掘を行った結果と言えるだろう。

そして祭りが終わった。独立、そして開発の手が入り、栄えた。突風のような春を謳歌していた南ムルガ共和国は突然の冬に突き落とされた。資源の枯渇、そして企業の撤退。後に残ったのは錆付くのを待つばかりの巨大な工業跡地。

春は過ぎた。恐らくは長い冬の到来を人々は予期していた。IHI倒産の一年半前に訪れた冬。これはその時のお話。




南ムルガ共和国軍総本部、首都ラーカイフォク基地はその日厳戒態勢に包まれていた。発端は三日前、首都とは国土中心部をまたがる熱帯雨林をはさんで反対側にあるジウ州、そこにはラーカイフォク基地と同等の規模の軍基地であるジウ州軍基地があった。その州軍基地全体がクーデターを起こした。呼応するように周辺の自警組織、警察、民兵などが終結。その日のうちに反政府軍を組織した。

その時点で判断すれば、政府軍と反政府軍の軍事力は拮抗していた。熱帯雨林をはさんで勢力圏は二分していたが、大都市の七割は首都側に存在していたし、人口の六割もまた首都周辺に集まっていた。

しかし初日の戦闘、つまり二日前の戦闘で政府軍は惨敗。二千五百名の死傷者と、八百名近い逃亡者を出した。八百名の逃亡者の内の殆どは戦闘の途中で、反政府軍に翻り、その混乱で政府軍は初日の戦闘で完膚なきまでの敗北を味わった。

すでに戦闘は三日目に入り、密林での戦闘は激しさを増し、反政府軍は初日の勢いのまま、政府軍を圧倒していた。

無論、政府軍が不利な立場にあることにも幾つか理由があった。

第一に重要な兵器の配置状況である。航空機、自立機動兵器、戦車、戦闘用車両などの半数以上、後の調べでは六割強が南部国境地帯にあるジウ州軍の駐屯地に配備されていた。これは国境をはさんで南ムルガ共和国と緊張状態にあった隣国への対処でもある。つまり一部の重要な戦力がジウ州側に偏っていたのだ。

第二に、兵士の士気である。これは致命的だった。当時の南ムルガ政府への支持率は一割を切っており、政治不安、治安悪化、隣国との緊張状態、失職率の上昇、インフレ問題、など上げればきりが無いほどに南ムルガ政府の求心力はがた落ちの状況だった。

全てここ一年で急激に悪化したことだった。それも滑らかな曲線というには程遠い、殆どフリーフォールのような状況だった。皆何かにしがみついていないと、今何とか生きているこの場所から問答無用で振り落とされてしまう…そんな状況がこの国を襲っていた。

ともかく、この国は建国以来初の内戦に突入した。そしてそれこそ、後の時代の中で特殊な意味合いを持つ事件の一つになるのだった。



−開戦から三日目 ラーカイフォク基地司令部 午後一時二十分−


「第七機動中隊との連絡が途絶えた。恐らくはジウ州北部のレラ駐屯地の部隊と衝突したと思われる」

「戦況は?」

「今言っただろう?連絡が途絶えた、と」

司令室はまさに修羅場とかしていた。錯綜した情報はすでにこの司令部だけで処理できるレベルをとっくに通り越していた。軍隊の頭脳であるべき司令部がこの混乱下にあって、四肢であるその軍がまともに機能するわけもなく、新しく伝えられる情報の殆どが部隊の撤退、後退、もしくは壊滅を伝えている。

「この基地の主力を出す以外に無かろう」

司令官は搾り出すような声でそう告げた。

「しかし、この基地の部隊を出撃させてしまっては、首都周辺を守る部隊が無くなってしまいます」

「全軍とは言っていない。このラーカイフォクの第一から第四機動兵装中隊の内の半数を出撃させるのだ。そしてその部隊が交戦している間に、バラバラになっている全軍をこのラーカイフォクに撤退させ、再編する。このまま混乱した状況で事が進めば、敗北は必死だ」

表示されている戦力の分布図を操作し、司令官はそう告げた。

「しかしその数の戦力でヤツ等の進撃を止める事ができるでしょうか?」

「その件だがな、参謀。実は我々に協力してくれる者がいるのだ。すでにこの基地に到着している」

「協力者…ですか」

「うむ、機密で詳しいことは話せないが、腕は確かだ。彼等にもこの作戦に参加してもらうと思っている。まもなくここにその部隊の隊長が来る事になっているんだが…」

時計を見ると午後一時半に刺しかかろうとしていた。そして時計の分針が真下にカチリと移動した瞬間、司令室の自動ドアが開き、背の高い男と、もう一人その隣に女が付き添って室内に入ってきた。

「外国人?」

男と女は明らかにこの国の人間ではなかった。男は金髪の白人、女は真っ黒な髪、そして透けているように白い肌をしている。

二人はまっすぐに司令官と参謀の下に歩み寄ると、並んで立ち止まった。

「ご機嫌は如何でしょうか?司令官殿」

と、男は微笑みながら妙な挨拶をしてきた。女の方は、何を言うわけでもなく黙っている。

「いいわけがないだろう。君等が例の援軍かね?」

「ええまぁ、そうです。私の名前はクレイ・レイクバルド。命令を受けましてね、今回の騒動に際して、彼等に助力せよ、とね」

おどけた調子でクレイと名乗った男は名を名乗った。

「ありがたい話だ。それで君達の戦力は?」

「自前で自立機動兵装を用意しています。作戦はすでに了解していますよ。指令車両も用意してますので、我々は独立部隊という形をとらせて貰います。コールネームはノッカー部隊とでもしてください。私が指令車両から独自に指揮を取らせてもらいます。もちろん、基本的な命令はそちらに従います、はい」

「何を勝手なことを!いくら部外者で援軍とは言え、そんなことを許可できるわけないだろう」

司令官より幾分若い参謀は語気を荒げてクレイに噛み付いた。しかしクレイはその表情を崩さず、司令官に了解の意思を問うた。

「いいだろう」

司令官はいともあっさりと、それを認めた。

「司令!こんな得体の知れない連中にそんなことを!」

「彼等は我々の作戦指揮には応じると言っているのだ。戦い方に口を挟むな、という意味合いだろう」

「その通りです。いや、話が早いのはありがたいことです」


「それで司令車両で君が指示を出すと言ったが、前線指揮官はどうなっているのかね?」

「前線の部隊指揮は彼女がします」

クレイはそう言って隣にいた女の肩に手を置いた。

「女が?ふん、大丈夫なんだろうな?」

参謀は訝しげな目で睨みつける。しかし視線の先の女は目をあわせようとさえせず、涼しげな顔のままだ。

「もちろん、腕の方は素晴らしいものを持ってますよ、彼女は。えーっと、名前はセカンセス・リオネと言います」

女は顔を曲げてクレイのほうを眺めた。クレイも、彼女の顔を見返すと、一度うなずいた。


「…セカンセス・リネオ。前線部隊の指揮を執らせてもらう」

女の声は、ひどく低調で、機械音のように聞こえた。

「では、我々は自前の武装の荷解きをしなければなりませんので、これで失礼させてもらいますが…どこか一つ我々に格納所を貸していただけませんか?」

「西区の整備格納所には何箇所か空きがある。好きに使いたまえ」

「ありがとうございます。では我々はこれから準備に入ります。出撃時刻が決まりましたら連絡を」

二人は簡単な敬礼を済ませると、踵を返した。二人が司令室の扉から出て行くのを確認してから参謀は司令官に問いかける。

「いいのですか?あんな怪しい連中」

「戦力になることは間違いないそうだ。この国にいたのでは目にすることもできない新型の兵器を持ち込むそうだからな。この話、EUからのルートで提案されたそうだからな」

「EUの…?本当ですか?」

「わからん、だが政府の連中が鵜呑みにして行動したところを見れば、どこからやって来たのか知れんが、政治的なものも絡んでいるのだろう」



−開戦から三日目 ラーカイフォク基地司令部 西区整備格納所−


「クレイ主任、質問があるのですが」

格納所まで案内した兵士が帰っていくのを確認してから、彼女は口を開いた。

「何だ」

先ほどまでとは打って変わって男の声は低い。

「セカンセス・リオネというのが私の名前ということですが」

「そうだ。番号で呼ぶわけにもいかないからな。考えていなかったから、あの場で適当に考えた。この任務中はそれで通せ」

「了解しました」

「ヘマをするなよ。む、来たな」

正門の方向から三台の大型トレーラーと、軍用トラックが数台列を作ってこちらに向かってくる。

「荷は全て届いたようだな」

「すぐにチェックして報告します」

「モデルPJはお前が乗るんだ。他の機はお前が操縦者を決めろ。雇った傭兵達の経歴やデータは後で渡す。彼等が乗る機体の割り当ても考えておけ」

「了解しました」

「それと、彼等とは別に本社から数人の技術者が来る予定だ。どうやら幾つかのテストを実地で行いたいらしい。テストパイロットも連れてくるらしい、ご丁寧にテストパイロット付だそうが、あくまでテストパイロットだし、今回の件で使うわけにはいかんぞ」

巨大なトレーラーが目の前で列を成して停車した。ほんの少し、地面が揺れたようにも思える。停車したトレーラーには大きな文字で社名が印刷されていた。無論、クレイとセカンセス・リオの勤めている社のものだ。IHI、そうでかでかと書かれている。

停車したトレーラーからはすぐさま数人が降りてくる。半数はすぐに作業に入り、残りはこちらに歩いてきた。

「クレイEU局長!」

「ここじゃ、その肩書きじゃないよ」

一人の男がクレイに握手を求め、クレイもそれを握り返した。

「荷をお届けに参りました。まだカタログにも載せてない新型をたっぷりと持ってきましたよ」

「それはありがたい」

男は紙の束を差し出す。

「機体のスペックです。実戦機動はしていないので、あくまでカタログスペックになりますが」

「今回はその辺のデータを埋めるため、だろ?」

何枚かパラパラと捲る。

「ほう、最新世代の機体だな」

「本社がかなり力をいれて開発した機体ですよ。ばれない様に外部装甲は別注で作らせましたよ」

「手が込んでるな」

「事が事だからでしょう。一応本社では新型機の開発計画は発表済みですから」

「外に漏れるのを恐れて、か」

「そんなところでしょう。あまり明るみにしたくないことが多いですから、ここは」

作業はすでに手早く開始されている。巨大なトレーラーから、次々に運び出されていく。梱包されたパーツや、パッケージされた状態の部品がゾロゾロと。


「しかし熱いですね、ここは」

陽射しは刺すようなというよりも、じんわりと染み込んで来るような感じだ。おまけに湿度が高い。鼻や喉に絶えず、べったりとした何かがまとわり付いているようだ。

「とりあえず第一陣として、マルチロールタイプ八機でその内一機をそちらの希望通りPJモデル、長距離支援型四機、情報支援用機二機、それぞれの補修部品。それと本社でまだテストが終わっていない別タイプのマルチロールタイプ機が二機、こっちはまだ火も入れていない状態でして、技術者とテストパイロット、必要な機材も持ってきました。二三日でこれも使用できるようになるかと」

「ロシアの元科学者が設計した例の機体か」

本社でもかなり機密性の高いプロジェクトの一つだ。かなりイカレタその科学者はIHIに高額で雇われ、IHIで開発された様々な技術を自分の"かつて天才と言われた"その危ない頭脳の中で想像していた様々なな理論と組み合わせ、既存のIHI製の機体とは毛色の違うモノを作り出している。

「ま、ご苦労さん。二陣はいつになる?」

「一週間後。タイムスケジュール通り進めばですが。その時例の機体周りの者は撤収しますから。彼等、一般人ですから、その辺は…」

「判ってる。軍事基地内でのテストは珍しくないが、こんな状況下ではありえない。彼等の安全は保障するよ。彼等には何も知らずに、帰ってももらう必要もあるしな。俺達がIHI社員とばれても不味い。あくまで今の俺と俺の部下の肩書きは雇われた傭兵だから、な」

ポンと肩を叩くと、目線で挨拶をして踵を返す。

「あの男は?」

隣でずっと静かに―――それこそ居たのか?と思うほどひっそりと立っていたセカンセスは尋ねた。こいつは必要なこと以外には口をまったく開かないので、時に存在をうっかりと忘れてしまう。

「本社の連中さ、俺達の同僚だ。もっともこっちよりじゃない、本業向きの連中だ」

トレーラーからの荷だしは続く。かなりの量だ。

「まだ使えんが、あの中にちょいと曲者の機体がある。うちの広報や表向きのデータベースには欠片も乗ってないやつだ」

「そういう機体があることは、知っています」

「ロシアの科学者が設計開発したそうだ。同郷だろ?」

無論、これは軽い冗談である。この女の外見はどう見てもアジア系だ。国籍は確かにロシアのものだし、事実上の本名もロシア風だ。しかし、この女が歩んできた経歴とぱっと見た外見は、それを全力で否定する。

「いえ」

セカンセス―――、ここでの彼女は短く答えた。

「私のそれは買ったものだから」

なるほど、予想通りの答えだが、実に簡潔でよろしい。

「で、その機体だが。聞いたとおり、まだ使えん。どうも計画が押しているんだろうな。テストパイロットと技術者も持ってくるとはね。こっちはこんな状況だから遠慮して欲しかったが、どうしても使ってくれってことかね」

ごり押しで話を進めたんだ―――そうとうなものだろう。そう呟くと、セカンセスは僅かに視線を曲げて、こちらを見た。

「…どういう機体で?」

興味を持ったようだ。視線はピタッと止まっている。どうやら言葉を待っているらしい。

「不明だ」

肩を、ふっと持ち上げて、首を振った。冗談ではなく、本当に知らないのだ。俺が知っているのはそのロシア人はかなりイカれているということと、そいつの設計した兵器は、とんでもない性能を発揮しているという事実だけ。

「マルチロール機だ。指揮官機として運用する。動かせるようなればお前が乗れ。それでお前の疑問も解決する」

「了解」



−同日 ラーカイフォク基地司令部 西区整備格納所 トレーラーの前−



「うわ熱」

クーラーの効いた車内でも陽射しがあたっている部分はジリジリと暑さを感じた。そんな天候の中に飛び出すと、まっさきにそんな声が飛び出した。当然だろう、ここはアフリカなのだから。ここ一年で数箇所海外にテスターとして派遣されたが、こんなに暑い場所は初めてだった。

ちなみに最初の「うわ熱」は日本語である。ここでの作業も大体は日本語で通る。しかし、一部の作業員に対しては英語で接しないといけない。英語は得意じゃない。だが仕事を通して現場で不自由はしない程度に喋ることができるようになっていた。

「コレはまたタフな環境だぁ」

隣にヌっと現れた大男―――。小山のような男はすでに額に大粒の汗を浮かばせている。

「スーツだからじゃないですかね、松本さん。もう営業的な業務無いし、楽な格好になればいいじゃないすか」

真っ黒なスーツをきっちりと着込んだ松本を見上げながら安藤は、そうアドバイスする。

「そうだなぁ。作業始まればどうせ着替えるわけだし。搬入は任せて先に着替えるか。ハンガーの中に、場所くらいあるよな」

松本は、技術者でここ一ヶ月ほど、安藤と共に仕事をしている。それ以前にも安藤は彼と仕事をしたことはあったし、年齢が二歳ほど松本のほうが上とはいえ、気兼ねな話す仲だ。

小山のような図体だが松本は器用な技術者で、特に機体の最終的な組み立て時の正確な仕事はすでに社内でも指折りである。

「トレーラーはこのまま帰るんでしょ?俺も荷物寄せとくかなぁ」

着替えやら何やらが、がっつりと詰まって巨大化したバックを車から降ろすと、松本がノシノシと歩いていく先に見えるハンガーに向かった。

すでにハンガーの正面入り口は搬入作業のために開放されている。強い日差しで、中の暗さがいっそうと際立ち、ここからでは中の様子は細かいところまではわからなかった。

運送用のパワーローダーが列を作ってパッケージを運んでいる。その列に並行するように、ハンガーに向かって歩く。

お偉いさん方は、向こう側で―――誰かと話しているのが見える。商談相手か。持ち込んだ機体の内、テストが必要なのは二機だけ。それ以外の機体はすでに納入という形でここに運ばれたのだ。

「現地人には見えないが、外人部隊かねぇ…だけどありゃ」

兵隊さんだな。雰囲気で判る。軍事基地内での試験も何度かしている内に、なんとなくだが、兵士の雰囲気というのがわかるようになったのだ。

「ん?」

お偉いさんが話している相手。その隣に、男のものではないシルエットが見える。ここからだとちょうど逆光になっていて、細部は見えない。だが、女と判断できる。


「女か…でも」

立ち方。目線。搬入される機体をつぶさに見ている。雰囲気で判る。あの女も兵士だ。立ち止まって、目を細めてもう少しその姿をちゃんと見ようとする。自立機動兵器が珍しいものでなくなった近年、女性パイロットの存在も珍しくはない。だがそれでも、こんなアフリカの大地だ。基地内に入って今の所、最初に見た女性でもある。

その時、女がこちらの視線に気づいたのか。ちょっとだけ顔を動かして、こちらを見た。いや正確にはわからない。見たような気がした。というよりは"見られたような気がした"のだ。

「気味が悪い」

率直な意見はそれである。踵を返し、ハンガーに向けて再度歩みを進める。なんだか気になってもう一度振り返ってみると、女はすでにこちらを見てはいなかった。パワーローダーが運び出す資材を見ているようだ。

直感は正しい、というのが安藤の考えである。正解というものを導き出すには様々なものが必要になるが、その材料の一つに直感は必ず入る。そして、大体、最初の直感というものは、当たるのだ。



続く