影狼隊徒然記【悪魔の贈り物】前編



〜戦闘シミュレーション室〜

「シャイラ少佐、良かったらアタシと手合わせして貰えないかな・・・」

イェンのこの一言には、その場に居たシャイラ隊の面々を愕然とさせる効果があった。
彼らも空戦ではエース級の実力を持ち、なおかつシャイラの身近に居るだけに『この人には敵わない』という実力差を痛感しているからだ。

『紫艶蝶』も無敵では無い。地球では『銃王機』の脅威的な狙撃能力に一方的敗北を喫し、『500機狩りの赤蛇』こと『ジブリール』相手にも
まさかの痛撃を受けるなど、片手で数えるほどとはいえ、何度か撃墜の危機に陥った事はある。
ただ、それらはいずれも地上からの攻撃であり、銃王機は別格として、他は目眩ましや予想外の行動などで意表を衝いた、二度と通じない奇襲。
だからまともに交戦していれば。そして空戦同士であれば。シャイラと紫艶蝶に勝てる者は居ない、と。彼らは今もそう信じている。

それ故、挑むのも憚られる『絶対強者』に対して、あえて対決しようというイェンへ一種の『敬意』を覚えたのである。

だが逆に。諺で言えば『蟷螂の斧』とでも評されそうな挑戦に呆れ果てたのも事実。
確かに先程のシミュレーションにおいて、三羽烏と好勝負を繰り広げたのは認める。しかし・・・
『実力はあるが、シャイラ隊長に勝つには、あれでも足りないな』これは彼らが内心、異口同音に呟いた気持ちである。

シャイラ隊の隊員達は、そんな複雑な思いに囚われて居た。しかしシャイラの返答は、その想いを吹き飛ばすかの様なものだった。

「良いだろう。・・・ところで、私は何を賭ければ良いのだ?」

一瞬、場が凍った。『賭ける』という事は、『勝敗が判らない』という事を意味する。通常、結果が判ってる事に対して賭ける馬鹿は居ない。
ましてや勝者と確定される者が賭けを持ち出すとすれば。それはすなわち『インチキ』か『ぼったくり』になってしまう。
それでは・・・『シャイラ隊長が、勝てるとは限らないと思ってるだと?!』三羽烏以下、シャイラ隊隊員は軽いパニックに陥る。

イェンも何か科白を探すかの如く、少し口をパクパクさせてたが、すぐに笑いを帯びた口調でシャイラに答える。

「・・・ん〜っ、それじゃ。そこの三馬鹿に外食を奢って貰う権利を賭けて!」
「おいコラ! 誰がさ…ングッ」ガッツが猛然とイェンに抗議しようとするが、サイが素早くその口を塞ぐ。
「俺達は全員、その条件で異存無しです! シャイラ隊長、良い試合を!」アルが喜色満面で賭け金を保障する。
「・・・そうか? ではイェン少尉、賭けとやらはその条件で行おう」と、シャイラが話を締め括る。


再度の対戦に向けてシミュレーターの調整と環境の再設定を行って居る間。ガッツは他の2人に抗議していた。

「お前ら、何で『三馬鹿』呼ばわりされるのを黙って認めたんや!」
「ガッツ、シャイラ隊長が負けるとでも思ってます?」ガッツの質問に対し、サイは静かに別の質問で返す。
「強敵には違いないが、それでもシャイラ隊長なら勝てるよな。そしたら・・・どうなる?」アルがサイの質問を受けつつ、先を進める。
「ッ!! ・・・おいをよぉ止めてくれた。お前ら、最高の朋友や!!」理解したガッツが、涙を流さんばかりにしてアルとサイの肩を抱く。

「・・・あっ!」その時イェンが突然、何かに気付いた様に短く声を上げ、三羽烏の方に近付く。

「御免っ、つい兄貴の口調が移って変な呼び方しちゃったわ。お詫びと言っては何だけど…」と、イェンはポケットに手を入れる。
「映画のペア券とやらを仕入れたのよね。外食する時に役立つんじゃないかな」そう言いつつチケットを取り出し、ひらひらと振る。
「ついでに現地の情報は調べて貰っといたげるから。大船に乗ったつもりで賭け金宜しく♪」と、笑顔で再びチケットを仕舞うイェン。

何と・・・一緒にお食事だけではなく、映画にデートコースまでもお膳立てしてくれると言うのか・・・。
シャイラの勝利を疑わない3人には、シャイラと一緒に外食のみならず、デートする機会までもくれるというイェンが、女神に見えた・・・。
しかし彼らは気付くべきだった。彼女が、この状況を持ち込んだ張本人なのだから。絶対に何か企んでる筈だという事を。
しかし彼らは気付けなかった。なぜなら彼らの思考回路は全て、己がシャイラとデートしてる未来図に占領されていたのだから。

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話は一旦、シミュレーション戦闘で三羽烏が奇手に引っ掛けられた時から、数時間ばかし前に遡る・・・

「よぉイェン! ちょいとこんなの仕入れたんだがよ、おめ〜も誰かと行かねぇか?」
「・・・って、何コレ? 映画のペア券?! 別にアタシは良いけどさ・・・っていうか兄貴行けば?」
「あのな? こんな券使って、野郎同士で行くってのはちょいと虚しい気がしねぇか?! むしろ男日照りの…グフッ…」
「兄貴・・・それ以上変な事言ったら殴るよ」腹を押さえて悶絶するバドスを尻目に、その手からひったくった数枚の券を確認するイェン。
「えーっと、何々・・・ホント何コレ? こんなのどうしろってのよ・・・う〜ん、こういうの好きそうな奴ねぇ・・・」

その時。思案しているイェンに閃く、悪魔的発想!

「あーにきっ♪ ちょっと耳貸してくんない?」腹を押さえてしかめ面してるバドスに、ひそひそと小声で耳打ちするイェン。
「・・・?・・・!・・・ッ!!!」

小声のやりとりがしばし続き、やがて終わった時。バドスは未だに腹を抱えていた・・・しかし今度は痛みではなく、笑いを堪える為に。

「・・・みんなで、幸せになろうよ〜」イェンがニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。
「おっ、お前も・・・ワルだねぇ〜」と、笑い死にしそうな顔でバドスが応える。

・・・再び、話を進めよう。

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少し離れた位置でイェンと三羽烏のやりとりを眺めていたバドスが、ぼそっと呟く。

「・・・イェンの奴ぁ、あれを計算だけじゃ無くて、素でやってっからタチ悪ぃんだよなぁ〜」
「? イェンさんがどうかしました?!」その呟きを小耳に挟んだルカスが尋ねる。
「うんにゃ、何でも無ぇ。ただ、女は怖いねぇ〜って言ってただけさ」「・・・は???」


そして三羽烏との打ち合わせが終わったイェンがシミュレーターの操縦席に行きかけた時。シャイラが珍しく躊躇い気味に話しかける。

「済まない・・・私の我侭を聞いて貰えるか? 決して、お前の実力を過小評価してるのでは無いが・・・」
「我侭?・・・と、いうと?」
「先日、私がレオンハルトという男に完敗した事は聞いているか? この私が、奴の砲撃を一度も外せなかった・・・」

イェンは無言で頷き、話の続きを促す。

「あの砲撃を避けつつ、奴を仕留めるとしたら・・・形こそ違うが、この勝負に無傷で勝てる位の技量が必要だ!」
「つまり、アタシの攻撃が先に一発でも紫艶蝶に入ったら負け、と?」イェンが口をへの字にしつつ、シャイラの発言を確認する。
「そうだ。その状態で狙いを付けて死穿砲の収束モードを当てる。その位は出来ないと、奴には勝てない!」
「アタシは当て馬か・・・まぁ良いけど」イェンが肩を竦めて言う「ここから必要なのは言葉じゃない・・・でしょ?」
「あぁ。先程の戦闘が全てでは無いのだろう? 今度は初めから全力で頼む」
「もちろんっ!」にやりと笑ってそう言うと、イェンは操縦席に着く。シャイラも自分の操縦席に座る。


〜シミュレーター起動〜

大地から遠く離れ、障害物も無い蒼空に浮く2つの異質な物体。
それは、いずれも四枚の羽根を持つ人間型操兵。一方は長大な銃を持つ、紫色の操兵。もう一方はやや銃身の短い銃を持つ、紅色の操兵。
双方の距離は、さして離れては居ない。これが地上ならば、大股で7〜8歩も歩めば触れるだろうという位置。
まるで申し合わせたかの様に、まずは互いに銃口を上に向ける。そして静かに銃を胸元で構え・・・銃口を相手に向けた瞬間!


双方の姿が、消えた。


「・・・今んとは、見切れんかったばい・・・」
「迅い・・・紫艶蝶はともかく、忌影も僕らとやった時とは段違いですよ・・・」
「俺達の時は、本気じゃ無かったとでも言うのか・・・?!」
「・・・おめ〜ら、『速さは悪魔の贈り物』ってえ諺を知ってっか? どこぞにある砂漠の惑星で言われてるらしいがよぉ〜」

紫艶蝶と忌影のあまりの迅さに愕然とした三羽烏の後ろから、バドスが声を掛ける。
シミュレーター画面には、絡み合うミサイルの雨を縫う様に、紫色の光が踊っている。その光から白い槍が迸るが、紅色の影を掠めて消える。

「いくら忌影は高速機動が得意だっつぅてもなぁ〜。特機の紫艶蝶、しかもあのシャイラが操縦してる奴に普通は勝てるもんかよ」

紅色の影から放たれる光の雨は、紫色の光が通り過ぎた後に降り注ぐ。

「リミッターを振り切って、身体を砕きそうなGにも歯を食いしばってブン廻さなきゃ、あんな機動は出来ねぇよ」

続いて紅色の影が紫色の光に絡み付くが、悉く振り切られる。

「だから悪ぃがよぉ。おめ〜らに使う余裕が無かったんだ。イェンの奴が使ってんのは、いわば命を削る『悪魔の贈り物』なんでねぇ」

紅色の影が紫色の光の周囲を巡り始める。そしてその歪な球体をした包囲網は、光を閉じ込めるかの如く、徐々に小さくなって行く。

「・・・勝負に出たな。こいつぁ〜次の一撃で決まるぜ・・・おめぇらもよっく見とけ」

固唾を呑んで見守る一同。


・・・光と影が、交錯した。


次の瞬間、響いたのは炸裂音! 右手に銃を持ち、左腕を真っ直ぐ伸ばして不気味にヒートクローを輝かせた忌影の姿が現れる。
それと同時に、すれ違った忌影と背中合わせの体勢で、死穿砲を構えた紫艶蝶の姿も現れる。
そしてヒートクローから紫艶蝶の肩に掛けて、両者を繋ぐ紫色の砕片が煌めいている!

「「「「なッ?!!!」」」」見守っていた一同は、驚愕の余り息を呑むが・・・

「今は・・・これが、精一杯」イェンの呟きが、深い静寂に支配されたシミュレーション室に木霊する。

そして、ゆらり・・・と。死穿砲で胸板に風穴を開けられた忌影が前のめりになり、爆発した。



「やれやれ・・・本当に辛うじて当たった、としか言い様が無いわよ・・・しかも殺られてからね」短時間で汗だくになったイェンがぼやく。
「私もまだまだだな・・・最後の一撃、あの機動から更に跳ね上がったのを見切り損ねた」軽く額の汗を拭きつつ、シャイラが応える。
「・・・それでっと。この勝負、シャイラ少佐が勝った訳だけど。外食先のご希望はあります?」気分を切り替えたイェンが尋ねる。
「む? そうか・・・うーん・・・」

何を食べるかと真剣に悩み続けるシャイラと、まるでご馳走を前に『お預け』してる犬の様に、期待に満ちた顔をした三羽烏を見てるうちに、
周囲の面々にも徐々に笑顔が感染ってゆく。
シャイラ隊の面々とて、三羽烏のみが良い目を見るのは決して面白くは無いのだが、同時に『彼らならお似合いだ』という無意識の共感も働き、
悪感情を膨らませる事は出来なかったのである。
影狼隊の3人に関しては、そんな感情が無いだけに純粋に楽しんでいる・・・ルカス以外には『純粋に』という部分に疑問符が付くが。

「・・・なめたけ専門店ってあるんだろうか?」
「流石にそんな食事処は無いでしょ?!」


TO BE CONTINUED・・・