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第四章


月光など射すはずもない地底の大空洞は、不思議と暖かな光で満たされていた。
 セルスは辺りを見回すも、それらしき照明器具は存在しない。ただ当たり前のように、光がある。

「本日のプログラむを、起動しマすか?」

 そういえば、目の前の巨体から紡がれる声にも、光と同じ印象を感じる。抑揚の少ない合成音声なのに、相手を落ち着かせるような穏やかな響きがある。

「……セルス?」

 背後に庇ったメディが、おずおずと声をかけてくる。服の裾を引っ張っているが、怖がっているのではなく、何か言いたいようだ。

「この機体、いったい……エジプト軍の秘密兵器とか」

「いやいやいや、ないないない」

 確かに、国外から来たメディがそう思うことに無理はないが、しかしあり得ない。下っ端とはいえ、開発部にも顔を出しているセルスの知らないところで、こんな超兵器が作られているはずはない。
第一、エジプト軍の技術力は、イスラエル産のヴァーチャーを改造したアルヘナを改造してアルメイサムを作るぐらいが限度。新機軸の機体を一から生み出す地力は無い。

 となると、地球人が機動兵器を開発する遥か以前より存在する、オーパーツロボと考えるのが自然だ。単に、アムステラが侵略の為送り込んできた新型兵器と考えることもできるが……

「違うと思う……うん、違うよ、きっと。アムステラの操兵じゃない」

 こちらに関しては、メディにかなり自信がありそうだった。

「そうだな、伝説のカードの伝承はアムステラが攻めてくるずっと前からあるんだし……とと」

 そこまで言って、セルスは顔をしかめた。

「ってか、待てよ。伝説のカードと、この巨大ロボに一体何の関係が……」

 普通に考えれば、関連するはずのない事項だが、二人はここ数日、その二つの接点について話し合っていた。
 幾人もの機動兵器のパイロットが、大真面目に伝説のカードを探しに来ていたことを。

「……この機体がその人たちをを呼んでいた?」

「で、そいつらはこのロボと会って、まさか殺られ……」

「それは誤解です」

「「!!??」」

 眼前の巨体が、俄かに二人の会話に割り込んできた。

「話は聞かせていただきマしたが、誤解と偏見に満ち溢れていると言わざるを得マせん」

 丁寧な口調だが、表現は結構乱暴だった。ただし、攻撃的な印象もない。一番近い印象としては、『拗ねている』だろうか。

「確かに、本プログラむを起動させに訪れた方は複数おられマすが、こちらから呼びつけたことはありマせん。また、プログラむシャットダウン時には皆さマお帰りになられマした」

「その、ぷろぐらむってなんですか? それをクリアすれば、伝説のカードが手に入るんですか?」

 興味が出てきたらしいメディが、セルスの横から顔を覗かせながら聞いた。

「本プログラむは、あなた方の資質を測り、また伸ばすためのモのです。クリア時に得られるモのについては……伝説のカード、という表現方法が適切かは別として、概ね肯定です」

「テストみたいなもんか? もしくはゲーム?」

「その両方だと思う」

「概ね肯定です」

「メディ、なんか順応してるなぁ」

「そう?」

 プログラムという自分の得意分野が出てきたからか、何だか少し嬉しそうだ。
 機嫌がいいのはいいことだと安心しつつ、セルスは獅子面を見上げた。

「ところで、まだ俺達、あんたが何者……いや、何ロボか聞いてないんだよな」

「私の機能詳細につきマしては、あなた方には知る権利が今のところありマせん」

「いまのところ、ってことは、プログラムをクリアすれば教えてくれるのか?」

「肯定です。また、プログラむの中でいくつか私の機能を使用するたメ、自ずから判明するとも言えマす」

「名前も教えてくれないのか?」

「正式名称につきマしては、現在データベースに登録がありマせん。好きな呼称で呼んでいただいて結構です。参考までに履歴を紹介いたしマす。スフィンクス、ホルアクティ、まヘス……」

「基本、エジプト神話なんだな。確かに、スフィンクスはそれっぽい」

 くいくいっ。
 セルスが感心していると、後ろからメディが携帯端末の画面を見せてきた。
 そこには、すでに数十種類の名前候補が挙がって、うち半分はすでに自分で却下されていた。

「付ける気満々だなあ」

 確かに、機体に自分で名前を付けるというのはセルスも未経験だった。メディが検索してきたエジプト神話のデータと睨めっこしつつ、二人で悩むほど十分。

「ところで、本日のプログラむを……」

 さらに二十分。

「……スリープもードに移行していいですか」

 心なしか、合成音声のテンションが落ちている。

「待ってくれ、ほぼ決まったんだけど……」

「決マりマしたか」

「うん、お前の名前はアクティオンだ」

「ちがうよ、アクティだよ!」

「どちらですか」

「そこを揉めてるんだ。なあメディ、アクティオンの方がカッコイイだろ!」

「アクティの方がかわいい」

 少年と少女のロマンが、砂漠の地下で今ぶつかり合っていた。

「巨大ロボに可愛さを求めてどーするんだよ」

「ひどい」

 セルスから離れて、不確定名アクティオンもしくはアクティの足元に近寄るメディ。
 愛おしげに、その表面を撫でる。

「セルスがひどいこと言うよ、アクティ」

「マったく嘆かわしいことです」

「懐柔された!」

 思わぬ展開に、頭を抱えるセルス。結局、名称決定までに、そこから三十分を要することになる。
その名は、『アクティオン。ただし、愛称はアクティ』となった。
 

※※※


「それでは、改めて本日のプログラむを起動しマす」

 アクティオンは、今までに何度繰り返してきたかもう分からない台詞を言った。
 というか、今日に限っても、もう何度繰り返したか分からない。
 記憶媒体のエラーを疑いつつ、プログラムを起動させる。

「プログラむ、カスタまーズモードで起動しました」

「カスタマーズ? カスタマイズとかじゃないのか?」

「……お客さん用のモードってことじゃない?」

「お客さん……ってことはつまり、今からやるのはあくまで体験版ってことか?」

「うん、たぶん。でもそのへんもクリアしないと教えてもらえないんじゃないかな」

 名称を決定するのにえらく揉めていた二人は、打って変わって和やかにアクティオンのプログラムについて考察していた。
 考察が正確かつ自己完結していたため、アクティオンは特に口を挟まなかった。

「それでは、ファーストレッスンです。私が今から出題する問題に答えてください」

「レッスン……? ええと、とりあえずクイズってことだな?」

 データベースを全検索し、一問目に相応しい問題を選び出す。
 検索には一秒とかからないが、演出上、多少もったいぶってから出題する。

「では問題です。朝は」

 ポニーテールの斜め上に、ぴょこんと手が挙がった。

「人間」

「…………正解です」

「やった!」

 純粋に喜びを見せるメディの前で、アクティオンは肩を震わせる。

「い、今の問題はですね、有名なスフィンクスの……」

「いや、俺地元民だし、メディが完璧に知ってる以上もう解説は……」

「そ、そうですか……」

 露骨な落胆の動きに、セルスは慌ててメディに駆け寄る。

「メディ、結構ナイーブだぞアクティのやつ。次はせめて問題を最後まで聞いてやろうぜ。今のだと、朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足……」

「どんどんいいよ、アクティ!」

 メディは聞く耳持たず、いつでも挙手できる態勢で、瞳をキラキラ輝かせていた。
 そこまで期待されて、高性能オーパーツAIとしては、問題を出し続けないわけにはいかなかった。

「アまゾ」

「ポロロッカ!」

「……正解です」

「すでにパターンを全部読んだ!?」

 ……わずか二十分後。
ファーストレッスンの結果は、五十問中五十問正解(回答者はすべてメディ)で、あっさりクリアとなった。
 
「……気を取り直してセカンドレッスンです」

「うんまあ、気を取り直してくれ、アクティ」

「友情に感謝しマす、セルス」

 哀愁漂う合成音声の横で、地底空間の光が揺らぐ。どこにも光源が見当たらないのに、スポットライトから放たれたような幾重もの光が、アクティオンと二人の間を照らす。
 
「少し離れてください」

 慌てて後ずさる二人の前の地面に、マス目が浮かび上がる。

「8×8……ってことは……あっ!」

 そして、光が激しく、複雑に絡み合う。
 思わず目を閉じた二人が目を開いて見たのは、マス目に整然とそびえ立つ、白と黒の駒だった。

「立体映像(ホログラム)……これがあなたの機能なの、アクティ?」

「そうです」

「バーチャルなチェスの駒……こいつぁ、リアルだなぁ。本当にホログラム?」

 好奇心を剥きだしに、駒の一つに触れるセルス。

「ん、いや、あるじゃん実体」

「もう少し強く押してミてください」

「こうか? ……と、うおっ!」

 体重をかけて寄りかかると、途端に駒は抵抗を失い、手がすり抜ける。バランス感覚に優れるセルスは特に転びもせず、純粋に驚いた様子で何度も触る。

「へえ、ほらメディ来てみろよ! 軽く触っただけだと、実体があるようにしか思えないぜ」

 とことことメディがやってきて、慎重な手つきで何度か触れる。
 そして、携帯端末に数式を打ち込み始める。

「完璧な質感を再現するホログラム……ってことかな? ほんとにあるものだ、と思ってしまうことで、自分で手を止めてしまうから、すりぬけない……」

「……」

 アクティオンは、態度には出さないものの驚愕していた。『自分でも今は良くわからない』自らの機能を、目の前の少女は迅速に、明解に解き明かしていっているのだから。
 
「さて、セカンドレッスンは見ての通り、チェスの勝負です」

「ちぇす。そういうゲームがあるって、聞いたことはあるよ」

「俺、ルールと駒の動かし方しか知らないんだけど」

「じゅうぶんだよ、教えて。細かいルールまで全部」

「……うん」

 この少女は……。
 アクティオンは、制御できない衝動に襲われ、最初に二人が現れた時に使ったセンサーをもう一度起動させた。

「(……該当要素、75%……85%、さらに上昇……!?)」

 それは、アクティオン自身がすでにその意味を忘れてしまった、プログラムの根幹を成すセンサー。それが、メディに強く反応している。あり得ないほどに……

「……アクティ?」

 センサーを向けている当の相手からの不安げな視線に、アクティオンはシステムの制御を取り戻した。

「失礼しマした。それでは、チェス勝負を開始致しマす」

「手加減しないでね」

 元々、この勝負は手加減を前提としたものだった。アクティオンはチェスというゲームを完全に解析しており、実力を半分以下に抑えなければ、人間とはそもそも勝負にならないレベルなのだ。
 しかし、今回に限りアクティオンは、いきなり、カスタマーズモードの限界まで戦術レベルを解放した。
 ……そうでなくては勝負にならない。その予感があったからだ。

「ポーンをD4に」

 メディの言葉に合わせて、白い駒が滑らかに動く。
 ……対戦は、停滞時間はほとんどなく、手数のわりに短時間で終わった。
 横から見ていたセルスにはピンと来ていないようだが、それは二人の『格付け』の儀式のようなものだった。

「……チェックメイト」

 メディの、冷静ながら嬉しそうな声が、勝負を締めくくった。

「おメでとうございマす」

 アクティオンの声には、今回は拗ねた響きも落胆の響きもなかった。
 彼のシステムの中の、休眠していたプログラムが一つ、また一つと再起動を始めていた。


※※※


「ふわぁ」

 千の色の光が揺らめき、舞うように踊る砂漠の地下空洞。
 派手ではあるが目に優しい仕様になっているのか、慣れてきたメディの口から欠伸が漏れる。
 時計を見ると、すでに明け方近く。
 ステラにバレたらタダでは済まない夜更かしである。
 もっとも、家出中の今となっては、ステラに怒られる理由はもう数えきれないほどであるが。
 考えるだに恐ろしかったので、少し離れたところで戦う少年に目を向ける。

「……! ……こいつでっ、……どうだぁぁぁぁぁっ!!」

「……よく頑張るなぁ、セルス」

 セルスは、サードレッスンであるカードゲーム勝負(十本先取)に挑んでいた。
 一進一退の戦いを続けながらも、勝ち星は順調に拾い集めており、九勝二敗の大幅勝ち越しとなっていた。

 アクティオンの立体映像によって表現されたカードバトルは大いに刺激的だったが、メディはセルスの戦いぶりに目を奪われていた。

 特に強いカードを揃えている、というわけではない。
 大家族の家計を一人で支えている状況では、カードゲームにつぎ込めるのは普通の子どもの小遣い程度。
 カードデータはネットで落としてきた、という古代兵器ロボ(?)としてあるまじき発言を先ほどしたアクティオンに優っているはずはない。
 
 完璧な戦術を駆使する、というわけでもない。
 大雑把に見えて、意外と効率的な戦い方をするが、ゲーム仲間がほとんどいない為、経験値は並以下。
 メディから見れば明らかな相手の罠にあっさりはまってしまったりもしている。

 並外れて運がいいわけでもなく、もちろんイカサマなどとは縁がない。
 そんなわけだから、もちろん絶対に勝つというわけではない。
 それでもその勝率は高く、何より彼の戦いは、必ずといっていいほど盛り上がる展開になっていた。

「……かかりマしたね、セルス!」
「やるなアクティ! だがここで! こいつにすべてを賭ける!」

 状況に恵まれなくても腐らず、その場で出来ることをやる。
 いざとなれば勘に任せて身を投げ出す。
 相手の強さを認め、相手の動きに柔軟に対応する。

「はぁ……」

 的確な分析が出来ていることに、逆に落ち込む。
 それらは、自分にはできないことばかり。
 だからと言って、セルスに特有のスキルとも思えない。 
 その全てをさらけ出し、真っ直ぐに向かっていく性格だから分かりやすく目に映るだけで、誰でもできる、やっていることなのだ。

 思考は、カードゲームから、操兵での戦闘へ移っていく。
 メディと撃麗だけならともかく、三姉妹が揃った『ステラ隊』は総合力の高い強力な小隊だ。
 機体の性能はもちろん、姉二人の戦闘技術はアムステラでもトップクラス。
 エウリアは運、ステラは裏技と言った点にも長けている。

 ただし、メディが指揮をした場合、全てはチグハグになってしまう。
 戦術知識はあっても、少しイレギュラーがあっただけでパニックになってしまう。
 敵の動きを読み切る才能はあっても、読み切った先の対応力が低く、
 メディの戦いは、相手を完全封殺するか、もしくは読み過ぎたあげくの自滅という両極端なパターンが多い。

「それで、私のミスを、お姉ちゃんたちがカバーしようとしてくれて……なんだ、私、」

 いない方がいいじゃない、という言葉は出せなくて飲み込む。

「わかるのに、わからない」

 自分のダメなところはわかる、でもどうやって直したらいいかわからない。
 カードゲームでもいつもそんな感じなのだ。

 ここ数日、「セルスにアドバイスをもらったら解決するかも」なんてことを考えていた。
 でもたぶん、それはセルスと自分との埋めがたい差を痛感するだけになる……

「……勝った!!」

 全力で楽しむ。
 言葉で言うと簡単だが、どうしても自分にはできないこと。

 でも……セルスの家でやった、弟や妹たちに囲まれてのカードゲームの中で、少し。ほんの少しだけ。
 セルスが真っ向から表現してくれるそれを感じることはできたと思っている。
 そう、もっと、

『セルス と 戦えば』

 もしかしたら……

 その表現の持つ複雑な響きの意味に自分では気付かず、メディは心の中でその言葉を繰り返す。

「戦えば、もしかしたら……」

「おーいメディ、どうしたー?」

「わっ」

「悪いな、時間くっちまって。眠かったろ。とりあえずクリアしたぞ?」

「あ、うん、……おめでとう」

 眠いふりをして、目を伏せながら、彼の健闘を称える。
 もう少し見ていたかったが、それももう、終わりだ。
 さあ、伝説のカードの謎を解いて……

「ではフォースレッスンです」

「「えっ?」」

「えっではありマせん。まだまだこれからです!」

 いちいち、いじらしく悔しさを表現する巨大ロボが、左右の肩を揺らし始めた。
 肩パッドのように見えた部分が上に開き、意外に洗練されたデザインのコクピットがその姿を現す。

「アクティ、お前コクピットとかあったんだな」

 当たり前といえば当たり前だが、ここまで自律機動する機動兵器には確かに、似つかわしくない。

「それも複座式……ふたつあってひとつも使ってないってすごいね」

「褒められている気がしマせんが」

 実際、褒めていない少年少女のコメントに不満を漏らしながら、アクティオンは準備を進める。

「フォースレッスンは、このコクピットを使っての、シミュレーション戦闘です。お二人とも、機体の設計データや整備仕様書等ありマしたら、お持ちください」
 
「了解。伝説のカードを巡るイベントだから、カードバトルがラストでもよかったけど、ま! やっぱりパイロットとしてはこれがないとな」

 セルスは心から嬉しそうに、指をポキポキ鳴らしている。
 メディも……

「うん、そうだね」

 少しだけ、同じ想いで笑うことができていた。

「そうこなくっちゃ、だね」



続く